「食べちまいたいくらいおまえが好きだな」
「……それが、今現在君がこの状態で発するに値する言葉だと?」


応とも、と歯を立てた手首を未だ甘噛みしながらランサーが答える。自由な方の手首をつい、と上げてアーチャーは眉間に出来た皺を揉みながら返した。
「馬鹿らしい。くだらない。意味がない。同じ男として言わせてもらえば、口説き文句としては最低だ」
だから離せ、と皺を揉んでいた手を伸ばそうとする。だがしかし、
「痛ぅ、」
がじり。
途端に噛み付く力が強くなって、アーチャーは思わず苦痛の声を上げた。痛い。肉を破って犬歯が血管に喰らい付いているのではないかというくらい。
「はな――――せっ!」
ちゅっ。
響く音。
「怖ぇの」
口だけでそう言って、咄嗟に離れたランサーは口元に付着した唾液を手の甲で拭って笑う。れろり、と舌を出せば繋がって糸を引いた。
「君は――――おまえは、本気で」
「ああ。喰っちまいてえくらいに好きだ。愛してる。そうだな、理想の喰い方としては――――」
「やめろ!」
聞いていない、と声を張るのにランサーは聞いていない。いや、聞いていても。
聞かない振りを、しているのか。
「まず、手首に喰らいつく。血管に届くか届かないかくらいの深さを辿って噛み付くんだ。あっさり食い破っちまったら勿体ねえからな。オレの痕を存分に付けたら今度は首だ。早くなった脈を味わったら目を舐める。ああ、安心しろよ、最期まで目は取っておいてやるから。おまえには最期まで、オレを見ていてほしいからよ」
まるで子供が夢を語るかのようにランサーは血生臭い妄想を語る。血煙。血涙。ちのなみだ。
「私は。私は、そんなこと望んでいない。おまえに喰われて死ぬなどまっぴらだ、そもこの身は――――」
「エーテル体。だろ? だから喰えないって?」
そんなことは知っている、と。
「それでも、おまえは肉を持ってる」
ぱしん。
軽い音、だった。
「っ」
「ほら」
笑う顔。
さながら無邪気な子供。
白い五指で褐色の手首を掴み、這わせるように絡ませて。体をぐん、と沈ませるように下げていきながら、捕った手をくるんと捻る。
無理な体勢からの変更に眉を寄せたアーチャーに構わず、ランサーは露になったてのひらに唇を落とした。
「ん……っ……」
「立派な肉だ」
美味そうな匂いがする、とランサーは唇を落とした箇所を舌で舐め上げた。
「なぁ、光栄に思えよ。オレは結構美食家なんだぜ?」
「そ、んなもの……っ、知る、か……!」
「おまえを愛してる。おまえの全部を愛してる。おまえの所作。おまえの仕草。おまえの動作。おまえの作る全てのもの。料理、針仕事、投影、錬鉄――――」
「!」
完璧に捻り上げられた手首の苦痛に顔を大幅に歪めたアーチャーの胸元に潜り込むように距離を詰めて、ランサーは。
「だから、喰らう」
真剣な声音で。
真顔でもって。
そう、口にした。
美しい顔から笑みが消え、それは彫像じみた面持ちになる。仮初めの心臓が、霊核がどくんと音を立てて鳴り響き。
ああ。
なんて。
なんて、酷い男だ、と。
そんな声で、そんな顔で、男は、ランサーは、自分を、アーチャーを、洗脳しようとしている。
脳から染み渡らせて、“愛しているから喰らう”などという醜悪な妄言を正しいものだと思わせようとしているのだ。ああ、ああ。
なんて、ひどい。
「アーチャー」
何でもないような声が、胸元でした。
だから、不意にそちらを向いてしまった。本当に何でもないような声だったから。
そこに。
「、」
くちづけが、降ってきた。
その唇は乾いていて、熱く。
もうほとんど覚えていないけれど、生前に彷徨った果ての熱砂のようだ、と。
「ぅ、ぁっ――――」
反論は封じられる。
舌は噛まれる。喰われる。喰われる。喰われる。
その合間にいただきます、と口にして。
光の御子は、食事を始めだしたようだ。



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