怠惰だ。
ひどく怠惰になったと思う。
この男に付き合う、ようになってから。
ぼんやりとした視界でそれでもはっきりとした青を見つめながら、薄暗い中ぼんやりとアーチャーは思う。
ため息をついて、頬杖をつく。
まったく。
責任を取れだとか。そういう女々しいことは言わないが、少しは考えてもらいたいものだ。この暗さならば―――――もう、日付は変わったろう。年越しをぐだぐだとした形で迎えることになってしまった。少し、頭が痛い。
それは。
決して素肌に直に感じるシーツの感触だとか、そういったものは関係ない、はずだ。そんなには乱れてはいな―――――いや、そうではなくて。違う。それは違う。
「なに百面相してんだ」
ぼんやりとした思考の中やはりぼんやりとした声で隣の男が声をかけてくる。ランサー。青い髪の男。ぞっとするほど、闇の中でもその青は鮮烈で、かすんだ目に痛いくらいだ。
「なあって」
いっそ甘えるかのように、ランサーはやはり何にも覆われていない肩をぶつけてくる。どん、と、軽くのつもりだったのだろうが、アーチャーは体勢を崩した。
肘が滑る。顎から手が外れそうになった。長い長いため息と共に、アーチャーはつぶやく。
「……聞いている。無視などしていないから安心したまえ」
「本当かよ」
「しつこい。本格的に無視されたいのかね?」
「冗談」
そう言って、ランサーはアーチャーの上半身にのしかかりだした。ぎょっとすることもなく、アーチャーはそれをけだるげにいなす。
「さて、なんのつもりかな、ランサー」
「無視されたいなんてとんでもねえ、かまってほしいくらいだ―――――と言おうとした」
「なにで?」
「体でだよ」
その顎に肘鉄を一発。
……食らわせてやる気力も起きず、耳たぶを食まれるままアーチャーはまた、長い長いため息をついた。
「っておまえよ、抵抗しねえのはいいがその態度はねえんじゃねえか」
まるで傷ついたかのようにランサーが言うから、アーチャーはひんやりと冷えていく耳たぶを意識しつつ乱れた髪をかき上げた。ああ、さっきまでくちゅくちゅと耳元でうるさかったこと。
それに多少、感じてしまう己の身が忌まわしいと言えばそうでもあるし、もうそういうことを考えるのが面倒でもある。
それも今だけかもしれないけれど。
事後の、力の抜けた体は思考回路をじわじわと麻痺させていく。そのせいだ。きっと。
「ランサーよ。年が明けたのだぞ? 知っているか?」
「ああ、知ってるさ。オレのサバイバル能力を侮るんじゃねえぞ」
今が何時かってことくらいわかる。
言外にすべて承知の上だと滲ませて、ランサーはアーチャーの首筋に鼻先をうずめはじめた。
「君は……呆れないのか? この有様に」
「なんでだ。いいじゃねえか、抱きてえ相手を抱きながら年が越せたんだ。最高じゃねえか」
「ああ、そうか……君は、」
そういう、性格だったな。
そう片目をつむってつぶやいて、アーチャーはひらひらと手を振る。
「それで?」
「あ?」
「今、私の体に覆い被さってきているのは?」
「ヒメハジメ」
どこかカタコトなその言葉に脱力する。
「……誰に教わったのかな、ランサー?」
「聖杯さんに」
にんまりと笑う。ろくなことをしない聖杯である。
「おまえを抱きながら年を越したんだ。なら、年が明けて最初に抱くのもおまえがいい」
アーチャーは暗闇の中でぱちぱち、とまばたきをすると。
ふう、と、今度こそ肺の中身をすべて吐きだすようなため息をついて、覆い被さるランサーのなすがままになる。
「一応言っておこう、ランサー」
「なんだ? やめろったって聞かねえぜ」
「あけましておめでとう」
それで役目は果たしたと言わんばかりの顔をして、体中の力を抜いたアーチャーにランサーは目を白黒させて。
それから。
「ああ。めでてえな?」
そう言って、アーチャーの鼻先に己の鼻先を寄せてきた。
これから行われる行為に似合わぬその無邪気さに、アーチャーは思わずひっそりと闇の中で笑ってしまったのだった。



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