わかりません。
わからない。わからない。わからない。
難しいことは、全部、わからない。
わかりません。
「理解しようとしなきゃ、それはな」
わからねえだろ、と呆れたようにランサーが言う。
それを険しい顔で眺めたアーチャーは、だって、というような目をしている。
わからない。わからない。わかりません。
知らないことは、全部わかりません。
わかりません。
――――理解が出来ません。
「……なあ、アーチャー」
疲れたように言いながら、ランサーが手を伸ばす。
僅かに身じろいだアーチャーはそれでも動かずに、撫でるように添えられたランサーの白い手を受け入れた。
「この温度も、感触も」
全部。
「わからねえの?」
知らねえの、と。
寂しそうにランサーは言って、赤い瞳を細める。
「知らないって言って、わからない振りをすんのかよ」
「…………」
アーチャーは目を伏せる。
「……わからない」
否定の言葉。
「わかりたくない」
拒否の言葉。
「知りたくない」
だから。
「知らせないでほしい」
私に。オレに。
「……ランサー」
静かに名前を呼んで、目を伏せたまま。
アーチャーは手を持ち上げ、ランサーの手に指先で触れた。
驚いたようなランサーには構わず、手に手を重ねる。
「君の、温かさも」
すり、と。
「感触も」
撫でながら、アーチャーは切なげに。
「知った端から、私は捨てていくよ」
だって、わかりたくないから。
「……何で」
「わかってしまっては、知ることになるから」
低く笑い、アーチャーは目を閉じる。
「知ってしまったら。……いつか、忘れないといけないだろう?」
「覚えておけよ」
「それは、無理なんだ」
私は、還らないといけないから。
「いつか。座へ」
君を捨てて。
「知ってしまった君を捨てて。持っては、いけないから」
笑う。
「だから。“わかりません”」
ランサーの眉が寄る。わかりません。わからない。わからない。
私は、知りません。
知りたくありません。
失くしたくないからです。
「――――だから」
君を。
「私は、ずっと永劫に知らないままでいるよ」
わかりません。
あなたのことは、何もわかりません。
知りません。
ランサーが眉を寄せたまま舌打ちをする。
そうして、アーチャーにキスをした。
合わさった唇の間で、アーチャーは小さく声を立てて笑った。



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