「おまえも飲みゃあいいのによ」
琥珀色の液体が入ったグラスを傾けてランサーがつぶやく。不満そうな声にアーチャーは笑って、
「酒にはいい思い出がないのでな」
そう、さらりと告げた。
ランサーは一息でグラスをあおると、酔ってもいないのに錯覚するような瞳でアーチャーを睨んだ。手の横にあるボトルから直接、氷が溶けたグラスの中にそのまま注ぐ。とたんにふたりのあいだに漂う強い酒精の香り。
それを水のように一気飲みすると、ランサーは酔眼に似た瞳でアーチャーを再び睨む。
「なにが思い出だ」
この磨耗野郎、とつぶやかれてアーチャーは苦笑した。
「酔っているのか?」
「まさか。そんなわけねえだろうが」
こんなもんで酔えるかよとからから氷を鳴らす。
「オレを酔わせたけりゃこの十倍は持ってこいってんだ」
「ほう。十倍で足りるのかね」
「足りねえかもなあ」
だらり、とちゃぶ台の上に伸びたランサーを見て、アーチャーは悪酔いしたか、と思う。人の嗜好品は英霊には合わないのかと。それに酔うの酔わないのというのは、案外自分ではわからないものだ。
「ランサー」
返事はない。
「ランサー」
もう一度呼んでみる。やはり、返事はない。
「仕方ないな……」
潰れたか。
ならば布団まで連れていって寝かせてやらなければならない。それにしてもめずらしい、ランサーがこれだけで潰れるなど。
そんなに強い酒だったのか、とボトルに貼りついたラベルを見ようとして。
「アーチャー」
熱い手に、捕まった。
「な」
―――――んだ、と言葉が途中で途切れる。褐色の手首を掴んだランサーはどこか遠い目をして、しかし、しっかりとアーチャーを見つめてぼそり、と言った。
「おまえの手、冷てえな」
「……君の手が熱いからではないのか?」
「そうか」
すり、と手にすり寄せられる頬。熱い。戸惑うほどに熱い。
唾を呑んで、ランサー、と名前を呼んだ。
返事はない。
ただ、唇が滑って手首を食んでから、太い血管に歯が立てられる。軽く。けれど熱い吐息に肌が湿り、アーチャーは片目をすがめて手を引こうとする。それは反射的な行動だった。
と、意外に強い力でそれは止められる。
痛みが走って、小さく苦鳴を上げると力は少しやわらいだ。だが拘束は解かれない。
「冷てえ」
まるで自分に言い聞かせるようにランサーはつぶやいた。
目を閉じてまた、すり、と獣が懐くように頬をすり寄せる。なめらかな感触。子供の肌に似ている、と思った。
おかしなことを。
「……なに、笑ってんだ」
「いや、君が、まるで」
聞き分けのない子供のようで。
正直に言ってしまってから、悩む。目つきが剣呑さを帯びたように見えたからだ。
けれど、それさえもじっと見ていればふてくされた子供のものにしか見えなくて。
「アルスターの英雄をガキ扱いしたのはおまえが初めてだぜ」
「気に障ったか?」
「ああ、大いにな」
「そんなところもまた、子供のようだが」
言いながら顔を歪める。がり、と手を噛まれたからだ。そうして熱い舌でべろりとそこを舐められる。痣をつけるかのように、吸い上げられて。
アーチャーは引きたくなる手を堪えてじっとランサーを見つめる。ランサーもまた、じっと。
これでも子供か?と。
赤い目が問うている。
「ん、」
押し殺すように吐息を漏らして、アーチャーは苦く笑ってみせた。
「むきになるところがまた、子供のようだぞ。ランサー」
手遊びが止まった。
ち、と舌打ちすると指を一本咥えて中程まで愛撫して、唐突にランサーはアーチャーの手を解放した。
「どうした?」
たずねるとごろりそっぽを向く。表情が見えない。
「ランサー」
肩に手をかける。すると、あっさりアーチャーの方を向いた。
「とことんまでガキ扱いしやがって、おまえの方がガキのくせによ」
「そんなつもりはなかったのだが……」
「しやがっただろうが」
つん、と拗ねるから。
「仕方ないな、君は」
わずかに垂れた前髪を上げて、なだめるように額にくちづけた。
押し当てて、すぐに遠ざかっていく。視界の中、血の色をした目がぽかんと丸くなって。
アーチャーを見つめていた。
「機嫌は直ったかな?」
ぎゅ、とランサーは眉根を寄せた。
そうして。


「……ったく、だからガキ扱いすんなっていうんだよ」
そう言って笑うと、無防備なアーチャーの手を掴むとそのまま自分の方へと引き寄せた。



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