「おい、アーチャー」
洗濯籠を抱えて廊下を歩いていると、青い犬の呼び声。ひとなつこいランサーというその犬は尻尾ではなく手を振ってアーチャーを呼ぶ。
「なんだね」
「ちょっとここ来い。隣座れ」
「……見てわからないか? 生憎と今は手が離せない」
つれない返事にじゃあ、じゃあと懲りずに身を乗りだして。
その動作に後ろ髪が流れて揺れる。本当の犬の尾のように。
ふ、とペットショップのケージの中で跳びはねてはしゃいでいた子犬を思いだす、と言ったらランサーはどんな顔をするだろう?
「? なんだ、機嫌よさそうだな」
「そんなはずがあるか」
おおきないぬ。
アーチャーと大して身長の変わらないおおきなおおきないぬ。
「それが終わったら暇になるのか」
「―――――まあ、そうと言えるだろうな。ただ、」
「よし、それじゃいっちょ片づけちまうか!」
今度はアーチャーの方が子犬のように目をぱちくりさせることになってしまう。洗濯籠を取り上げたランサーは意気揚々と庭へ向かって歩きだす、慌てたアーチャーはサンダルを履く暇も惜しくそれを追いかけた。
さてさてそれから。
洗濯物を干し、部屋の掃除をして、昼食で一息つき、次は外へ買い物。
家の隅々から商店街の隅々を歩いて、歩いて、歩く。
リードもないのにランサーはおとなしく、それどころかはりきってついてきた。目的地以外に向かおうとしてアーチャーに襟首を掴まれたりしていたが。ちょっとの寄り道がタイムロス。
帰るころにはすっかり夕暮れになっていた。
「いや、なんだ。しかし忙しかったな」
買い物袋を置いて、庭に向かって足を伸ばすランサー。その青色の髪はオレンジ色の陽を浴びてなんともいえない色味に変わっている。白い肌は染め上げられたように同じオレンジ。赤い瞳は、
「もうこれで全部終わりだろ?」
さすがに、と振り返るランサーの赤い瞳は溶鉱炉のように不思議な色合いに染まり揺れていた。
それに少し見とれて、ああ、と遅れてアーチャーは返す。
「それじゃ座れよ、隣」
朝にも言ったことを繰り返して、自分の隣をぽんぽんと叩く。アーチャーは考えたものの突っぱねることもないだろうとおとなしく隣に座った。すると、頭に手が置かれる。
親が子にするように、しっかり、力強く、ランサーはアーチャーの頭を撫でた。
「頑張ったな」
アーチャーは真顔で目の前の微笑む顔を見つめる。
「おまえは正直、すごく頑張った奴だとオレは思う。こんな現代から英雄が生まれるなんてまさかと最初は思ったがおまえをずっと見てやっとわかった。……アーチャー、おまえ、本当頑張ったな」
えらいえらい。
そんな風に言って、犬歯を覗かせランサーは笑う。
「……それが」
「ん?」
「言いたかった、のか?」
「ああ。オレは思ったら黙ってられねえ性質でな」
特におまえみたいに自己評価の低い奴には言い聞かせてやらねえと。
からかうように言いながら、笑顔は変わることなく晴れやかだ。
「ま、今日の働きっぷりを見たら違う意味で“頑張った”って言いたくなったけど」
ぐしゃりと髪をかき乱して、声色を変えて。
いつもの声色に直してランサーはなおも笑う。その笑顔がまぶしくて、アーチャーは目を細めた。
それをどう取ったのか、ランサーは首をかしげ問うてくる。
「ん?」
どうした、と声に出さずに。
だからアーチャーは、別にだとかなんでもないだとかいろいろな言葉を脳内で巡らせてみたけど。
「―――――お?」
頭を撫でる手に自らの頭をすりよせるようにして、黙って目を閉じた。


普段は気難しい猫のように。



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