「爺さん。こんなオレにも、新しい家族が出来たよ」
結婚式の、その終わった足で。
大事な義父の墓前に向かったアーチャーは、……いや。
エミヤシロウは、簡素だが美しい花束をそこに供えた。
そしてランサーに煙草を一本借りると火を付けて、同じく供える。それからしゃがみ込むと、目を閉じて両手を合わせた。
「……爺さん」
少し掠れたようなその声。それにランサーは知らぬふりをして己もまた煙草を取り出し、火を点けようとして――――やめた。
「ランサー?」
不思議そうに見上げてくる伴侶に笑ってみせて、「いや、こういう時は空気を読むもんだと思ってよ、」とランサーは言った。それにエミヤは不思議そうな顔をしていたが、やがて儚げに微笑んだ。
「そうか」
ありがとう、とエミヤは言って、また墓前に向き直る。静かに流れる沈黙。
「――――…………」
エミヤの隣に座り込み、手を合わせようとしたランサーは、ふと足元に違和感を覚えた。ちらり、と、怖いもの見たさのような気分でそこを見てみる。


「ヒャアアアアアアア!?」
「!?」


そのとんでもない裏声の絶叫に、エミヤは目を白黒させた。どうしたランサー、と言いかけて、「あ、足、足、」と言いかけてどもる彼の言葉につられて足元を見て。
「…………っ!?」
ボコッ、と。
土に開いた穴、そこから突き出した人の手にぎょっと目を見開いたのだった。
「どうしたランサー! これはどういうことだ!?」
「オ、オ、オ、オレが知るかよ! ていうか怖い! なにこれこわい! すごいガッチリ掴まれてるこわい! たすけてあーちゃー!」
「落ち着けランサー! キャラが崩れに崩れているぞ!?」
いやしかし、キャラも崩れようというものだろう。ついさっきまでタキシードを着て(ちなみにエミヤもタキシードのWタキシードでの挙式だった)威風堂々と婿殿らしく振る舞っていた御子殿と同一人物だとは思えない。
まあ、地中から出てきた手にいきなり足を掴まれればこの動揺っぷりも当然と言えたが。
「――――! このスーツ……見覚えがある! まさか……」
エミヤが何事か悟っている間にもぼこぼこぼこぼこと手は全容を現そうとしてきていて、どんどんどんどん手首、腕、肩、頭、と地中からヒト全体が。
「……やっぱり! 爺さん!」
「じいさん!?」
「やあ、士郎。君に会いたくて地獄から舞い戻ってきちゃったよ。いやあ、人間やれば出来るもんだねえ」
いや、頭に土がこんもり乗ってる状態でそんなにこやかにされても。
呆然とそんな爺さんこと衛宮切嗣を見やる槍弓夫婦に微笑んで、よっこらしょ、と切嗣は穴の中から出てくる。
「アーチャー。こいつはヤベェ。今すぐこの穴の中に突き落とそうそうしよう」
「何を言っているんだランサー! オレの爺さんだぞ!?」
「あははー、君の“婿殿”とやらは随分と過激派だねえ士郎?」
で・も・ね。
頭に乗った土を払い落としながら右手の人差し指をちっちっちっ、と左右に振って、
「僕はもう完全に黄泉返ったのさ。だから穴に突き落とされたくらいじゃ、死〜な〜な〜い〜よ〜♪」
「うわっ!? この爺さん、外道神父と同じこと言ってるぞ!?」
「ああ……アーネンエルベの一日〜byドラマCD〜……!」
そんな呑気なことを槍弓夫婦が言っている間にも、切嗣の「ずっと僕のターン!」状態は終わってくれなくて。
「さて、黄泉返ってさっそくだけど最初の殺しだ。……標的は君だよ? 婿殿」
「えっ」
「だって……」
すっ、と切嗣が胸元に手を入れて。
じゃきん!
「だって、士郎を君みたいな狂犬に渡す訳には行かないじゃないか!!」
じゃこんじゃこんじゃこんじゃこんじゃこん!!
一斉掃射一歩前のハイテンション、銃器を明らかにキャパシティオーバーなレベルで構えて、切嗣は声も高らかに男らしく、父らしくそう言った。
「じ……爺さん! ランサーは狂犬なんかじゃない! そんな銃器今すぐしまってくれ、危ないから……!」
「大丈夫だよ士郎、ついさっきまで土の中で眠ってたから体調はばっちりさ。寝起きでも目覚めはスッキリ、狙いは絶対外さないよ?」
「そういうことじゃなくて!」
「じゃあどういうことなんだい?」
きょとん。と。……そんな顔でそんな風に言われましても。
思わず脱力するエミヤの前にずいと立ちはだかるランサー。キリッ、という顔で切嗣に宣言する。
「お義父さん!」
「Time alter・square accelッ!」
ヒュン!
最速と言われるランサーが負けた。
背後に立たれてナイフの切っ先を喉元に当てられ、ランサーの体からどっと汗が流れ出る。
この男……出来る!
「……そうですか、そっちがそう来るなら……“突き穿つ”……」
「ランサー!」
さてさて。この対戦カード、どちらが勝利したのかはまた次の機会にでも。



back.