「九分だ」
「十分!」
「いや九分だ。身分をわきまえろ小僧」
「なんで身分の話になるんだよ! 関係ないだろ!?」
「はっ。だから貴様は甘いというのだ。いいか、パスタを作るのは戦争と一緒だ。素早く、的確に、ミスは決して許されない。腑抜けたパスタなど食えたものか! 貴様でもあるまいし! 腑抜けたパスタなど!」
「に……二回も言ったな! 二回も言ったなおまえ!」


「なにやってんだあいつら」
「珍しく夕飯を一緒に作るってことになったんだけどね。いつもどおりあのザマよ」
はっ、とファッション雑誌を読みながら吐き捨てるように凛は言った。ちなみに見ているページは宝石がきらびやかに飾られたページだ。隣の桜は(やっぱり手伝った方がよかったかしら)と思っている。姉と同じくファッション雑誌を眺めているが、見ているのは特集ダイエットページである。
今日のメニューはトマトソースのパスタ。それとも潰した梅干で和え海苔を散らした和風にするかどうか、またそこで揉めたのだがライダーがトマトソースがいい、と言うので渋々納得したダブルエミヤだった。
ライダーありがとう。早く決着をつけてくれて。
女性陣皆がそう思ったが、彼女はただトマトソースが好きなだけだったのだ。
「ランサー、座ってなにか食べてたら? あの様子じゃしばらくできそうにないわよ」
「あー……そっかもな。だけど嬢ちゃん」
「なに?」
「菓子皿が空なんだが」
「―――――セイバー!」
もっきゅもっきゅ。


「む。居間が騒がしいな……よし小僧。様子を見てこい」
「ってなんでさ! その隙におまえ勝手にパスタ茹でる気だろ! 抜け駆けしようたってだめなんだからな!」
「何を言う。私がそんな卑しい真似をすると思ったか? 貴様のように。貴様のように!」
「……ってまた二回も言ったな! なんなんだよ! 気に入ったのか!? そうなのか!?」
居間どころか、それ以上に騒がしい台所。人口密度はおよそ倍以上なのに何故か居間の方が静かだ。
パスタを作るのは戦争―――――ならばそれを作る場所は戦場。そういうことなのだろうか。士郎は一人内心でつぶやきながらもホールトマトの缶詰を鍋に開ける。じゃこじゃこと音を立てて木べらでかきまぜて潰していく。
「……小僧」
「な、なんだよ」
また何か言うのか?二回言うのか?
やや怯えたように後ずさった士郎だったが、次のアーチャーの言葉に目を丸くした。
「なかなか鮮やかな手つきになったな」
「え?」
「鍋の底も焦げていない。……まあ、合格点と言ってもいいだろう」
私には遠く及ばんがな。
ぼうっとした頭がそれで覚醒する。な、なんだよ、とか、それってどういう、とか、文句はいろいろ頭の中にわいてくるのだが上手くはまとまらない。なんだ?これってツンデレ?ツンデレってやつなのか?
そう思いつつパスタを鍋に投入したアーチャーの横顔を見やる。
……鍋に?
「ああっ! おまえ、人が見てないと思って勝手に!」
「ふん。台所は戦場だ。気を抜いた方が悪い」
あ、やっぱり戦場だったんだ。
ならそこで作られた料理を食する居間はなんだろう?病院かなにかか?
衛生兵ー!といささか壊れた思考で叫びながら士郎はじゃこじゃこと鍋をかきまわした。
……くそ。今回だけだからな。今回だけは見逃してやる。
「ってアーチャー、おまえキッチンタイマーとか使わないのか?」
「必要ない。タイミングは全てこの身が覚えている」
「あーそうですか」
聞いた俺が馬鹿でした。
と言えばああそうですよ、と返ってくるだろうから、士郎は何も言わなかった。
さて湯がぐつぐつと音を立てほわりと甘い香りが漂うころになるとソースの方もいい具合になってきた。つんと酸味が強かったトマトの匂いもやわらぎ、まろやかでこくのある芳醇なものに変わってくる。
うんいい感じだ。
満足そうにうなずくと、士郎は隣のアーチャーを見る。
まるで親の敵のような顔をして鍋を見ていたかと思うと、ふっとその目が色をなくした。
「……よし」
大げさにうなずく。あ、やっぱりこいつ俺だ。と確信した士郎に、アーチャーが首をかしげるようにして視線を投げかける。
「衛宮士郎」
「な、なんだよ」
「待っていろ」
「は?」
言うが早いかガス台の下を開け、ざるを取り出す。金網製の巨大なものだ。それにざっと勢いよく鍋の中味を流しこむと、手が湯に濡れるのもかまわずに端を持って何度か湯きりをし、盛大な湯気が顔に当たるのにもかまいはせずにつるんと茹で上がったパスタを一本、手に取った。
そしてふうふうと息を吹きかける。
「食べてみろ」
「は?」
「ちょうどいい硬さのはずだ。食べてみろ」
文句はそれから言え、と平然と言うのにぽかんとする。
え?なに?
食べろって?
手ずから?
おまえがふーふーして冷ましてくれたのを?
つるっと?
「え?」
みるみるうちに顔が赤くなっていくのが士郎自身わかった。今の自分はトマトソースのように真っ赤なはずだ。だが当のアーチャーは怪訝そうに(まだ!)首をかしげて士郎を見ている。
「何をやっている。冷める前に早く食べろ」
「え……っと……」
「早く」
ええい!ままよ!
と言わんばかりに士郎は目をつぶると、アーチャーがぶら下げたパスタに食らいついた。
つるんっと吸いこみ、もぐもぐと咀嚼する。
「どうだ」
それを誇らしげに見るアーチャー。嫌味だが真っ直ぐな笑顔が、罪だ。
そう思ってしまうのは、きっとまだもくもくと上がっている湯気に当てられたせいだ。そうに決まっている。
「……美味いよ」
こいつツンデレ違う。
クーデレだ。
よし、と言って相変わらず嫌味に笑うアーチャーをまともに見られずに、士郎はがっくりと肩を落とした。



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