衛宮邸は今日も騒がしい。酒が入っているせいもあるだろう。
「はいっ、みんな持ったわね? 持ったわね?」
上機嫌な大河。その頬は赤く、かなりのアルコールを摂取していることが見てとれた。駄目な虎だ。
「せーのっ、おうさまだーれ、だっ!」
ひゅっと一斉に抜かれる割り箸(未使用)。なにがおかしいのか、みんなそれでどっと笑った。
「はーい! ……わたしです」
笑いながらつぶやく凛。その顔も赤い、かなりのアルコールを以下略。虎も黙認してしまったのだろう、ちょっとだけよ、と。
全然ちょっとじゃないのだけれど。
「あら、遠坂さん? なら王様じゃなくて女王様ねー」
「藤ねえそれ冗談になってないから……」
士郎ががくりと肩を落とした。凛はかまわず指を鳴らしながらなにごとか考えて、
「じゃあ……三番と五番、お医者さんごっこー!」
と、勢いよく言い放った。
その声にサーイエッサー!と返して大河は周囲を見回す。獲物を探す様はまさに冬木の虎。
「さて、三番と五番は誰かな? 早く申告しないと公開処刑しちゃうぞー!」
「え、わたしじゃないです」
「わたしでもないわ、タイガ」
「ていうか俺も違うぞ」
「わたしも違います」
「わたしではありません」
女性率、高し。
「というーことはぁー……」
虎がささやく。そろり、と手を上げる男がひとり。その男アーチャーは、眉間に皺を寄せてため息とともにつぶやいた。
「……三番だ」
「おーっとアーチャーさん申告ぅ! えらいえらい! つづいて五番も行っちゃえ行っちゃえ!」
一気に(一部除いて)盛り上がる室内。持ってもいないマイクパフォーマンスを始めそうな大河の声を、呑気そうな声が遮った。
「五番だ」
「ランサーさんつづいて申告ぅ!」
「ちょっ、やだっ、あんたたち、男同士、よりによって男同士って、ちょ、やっださすが幸運E同士!」
おしあわせにー、とはやし立てる遠坂凛。あははははと大爆笑。優雅たれ?そんなのどっか行きました。
アーチャーはそんなマスターの姿を見て頭痛がするのか、こめかみを押さえて呻いている。いや、指示された内容のあまりのあまりさにだろうか。
「そんじゃまあ、やるか? アーチャー」
「何故そんなにすんなりと受け入れられるのだね!」
「この世で生活してくには柔軟性が必要でな……」
わかんねえかな、そこんところ、ある意味箱入りのおまえには。にやにやそんな風に言われて理知的な弓兵の額に青筋が浮かび上がる。
「柔軟性……それくらい、私にだってあるわ! 馬鹿にするなたわけが!」
「よし、言ったな?」
「え」
「んじゃおまえ、医者役と患者役とどっちがいい?」
はめられた……!
背景に稲光を背負って白目をむくアーチャー。この男、案外罠にはまりやすい。マスターとよく似たうっかりさん―――――なんて言えばかわいいけれど。
その肩をぽんと叩く手。
振り返ってみれば、士郎が微妙に目線を逸らしてうつむいていた。
「まあ、なんだ、その、」
がんばれよ。
「……貴様に言われたくないわ小僧……!」
「なあ、どっちにすんだよ」
「どっちでもいいそんなもの! 好きにしろ!」
怨念どろどろで押し殺すようにつぶやいたアーチャーのせりふに、あくまでもどこまでも呑気な声がかぶさる。そこでアーチャーさん、キレました。景気よく。
「ほう」
気づいたときにはもう遅い。過去の己の胸ぐらを掴んだまま振り返ればそこに、目を細めて笑うランサー。
どこか戦いの寸前に浮かべるそれに似た笑み、こんな場所で浮かべるものでもないと思うんですけれどね。
「言ったな、アーチャー」
「…………」
「その言葉、確かに聞いたぞ」
「…………!」
またも稲光。本当に、酒盛りの席で出す緊張感ではない。
ランサーはさらに目を細めると、犬歯を覗かせて。
「じゃあオレ、医者な!」
一瞬前までの緊張感はどこへやら。人の良さそうな兄ちゃん的笑顔で自分を指して天真爛漫に言いきったのだった。


それから数分後。
「今日はどうした……じゃねえか、どうしたんですか?」
“確かこういうときのために用意してあったはずなのよぅ!”―――――だとか。
冬木の虎が言いだして、彼女がどこからか用意した伊達眼鏡とよれよれの白衣、明らかに玩具じみた聴診器を装着したランサーはノリノリでそう言って首をかしげた。
周囲はもう笑いを堪えるので必死である。ふたりのエミヤだけが違って、頭痛を堪えている。
「あの……頭が……痛くて……」
「それはそれは」
遠坂凛、ここで限界突破。早い。
ひーひーと呻きながら畳をバンバンと叩いている。その姿を視界に入れないようにしつつ、アーチャーはぎゅうと胸の辺りを押さえた。
「それに胸も……苦しいような」
「そうですか。それならえーと、なんだっけ?」
心音!とギャラリーから飛ぶ声にひらひら手を振って答えて、ランサーは真面目な顔でアーチャーに向き直った。そうして見ると不思議と医者“っぽく”見えてくるから不思議だ。
「心音を聞いてみましょう」
―――――。
沈黙。
え?という顔をするアーチャーの顔をまじまじと見て、ランサーは胸を押さえるアーチャーの手に自分自身の手を重ねた。
そうして。
「あっ!」
ばりっと効果音がつきそうな勢いで衣服を左右に開く。ボタンが飛んで、あっけなく前が解放された。
「君な……!」
「さっさと用意しねえからだろ」
悪びれた様子もなくそう言って、ランサーは聴診器を手にした。
ぴたりと銀色のそれを褐色の胸に当てる。―――――右側に。
「……ランサー」
「あ?」
「逆だ……!」
「おっと、すまねえ」
……つか、余裕あるなおまえ。
なんてつぶやきながら左胸に聴診器を当て直す。ぺた、ぺた、としばらく押し当てて、真面目な顔をしてみたり。
しん、と周囲はなんとなく静まり返ってそれを見ていた。
それで終わればよかったのだろう。
「……なんかつまんない」
つぶやいたのは、女王様―――――否、遠坂凛だった。
「あ、遠坂さんもそう思ってた? 実はね、先生もそう思ってたの! なんか本格的な感じが足りないなって……あ!」
そう言うと、大河は台所に走り。
冷蔵庫を開けてなにやらがたごとと格闘し始めた。
「おい、藤ねえ……」
なにやってんだ、と士郎が言う暇もなく上がる快哉。わーい、と満面の笑みを浮かべて虎は駆けてきた。
「エコーとかとるときにこんなの使うのよね!? わたしの秘蔵のおやつだけど特別に提供しちゃう!」
蓋を開けながら得意そうに言う彼女が手にしていたのは。
プッチ○プリンだった。しかもビッグな。
「それは違うだろ……」
「―――――あっ」
呆れたように士郎がつぶやいたとき、それに反応したかのように大河がつまづく。
プリンは華麗に宙を舞い。
「あっ」の大合唱の中、アーチャーの頭上に。
華麗には着地出来なくて、ぐしゃり、と潰れてぼたぼたと滴った。
ランサーは目を丸くする。アーチャーも同じく。
なにがおこったのかわかりません。
「…………」
ランサーはプリンまみれのアーチャーをじっと見つめていたが、その顔を汚すプリンを拭ってやると、
「―――――っひあっ!」
ぬらり、とあらわになった胸板に塗りつけたのだった。


「何故そういう行動に出る!」
「いやよ。虎の姉ちゃんが使うもんだって言うからよ……」



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