「安心しろって、坊主も嬢ちゃんたちも出かけたばっかだろうが」
「……そんな風に言われても、だな」
こんな体勢で安堵できるはずがないだろう、と訴える。畳みかけの洗濯物を放り出させられ、アーチャーはランサーの膝を跨ぐように立膝で位置させられていた。
本日の陽気は冬だがうららかだ。ひなたぼっこをするにはちょうどいいが、それもすべてが終わってからひとりで、の話である。
アーチャーはむっとした顔をして押し黙ると、立ち上がりかける。
「やはり、忘れ物を取りにきたりしないとも限らん……」
「はい、ストップ」
がし、と押さえつけられた。筋力Bで、腰を。
「な」
「あのな、アーチャーよ。確かに坊主も嬢ちゃんたちもまだまだガキだ。だがな、案外しっかりしてるぜ? 信じてやれよ」
「…………」
聞くだけならいいセリフだ。だが、それがどうにかして自分の欲望を遂げようとするための言葉だと思うと、どうにも。
「…………手早く済ませるんだぞ」
小僧たちが帰ってこなくとも他の誰かが来ないとも限らん、とつぶやいたアーチャーにおどけて了解、と笑うとランサーは腰に回した手をぐいと引いてその体を己の方へと引き寄せた。そして、薄い黒のシャツの上から胸の尖りに吸いつく。
その突然の行動に、アーチャーは裏返った声を上げて青い頭を押さえ、引きはがそうとする。
「―――――な、いきなり、なに、を!」
「だってよ、手早く済ませろって言ったのはおまえじゃねえか」
「だからと言って、その、いきなりだな! そんな……」
言いかけてもごもごと口ごもったアーチャーの耳はほのかに赤い。それを仰ぎ見たランサーは、まるで犬耳がぴんと生えたようにひとなつこい笑みを浮かべて再び尖りに吸いついた。
「ランサ……!」
「そんなってどんなだ?」
合間に口を離して、問う。
アーチャーは答えられない。ランサーはそれを見て満足そうにまた愛撫に戻る。
ちゅくちゅくと濡れた音。色濃くなるシャツ。
「ん、んっ…………」
裸足の足の裏を細かく震えさせ、足の指をきゅうと丸めて必死に頭を押し返そうとするが、筋力に差がある上に、力の入らない腕では上手く行かない。目を閉じて、ぞぞぞと背中を這い登る得体の知れない感覚に耐える。
「なあ、そんなって、どんな……だよ?」
「こ、の、たわけ……!」
しつこい、と力の入らない手で頭を殴れば、くつくつとおかしそうに笑う声が聞こえて脳天に来る。
からかわれている、遊ばれている。そう気づけばかまうことなどない、と自然に結論が出た。
「私には、おまえの遊びにかまっている暇などない……!」
言い放ち、アーチャーは立ち上がろうとした。
と。
「あ……?」
かくん、と視界が下がって、ランサーの肩に縋るを得なくなってしまう。
「どうしたよ」
不思議そうに言うランサー。
アーチャーは耳を赤くして、頬が熱くなるのを感じながら、
「…………た」
「は?」
「…………けた」
「ああ?」
はっきり言え、と片眉を器用に上げて問いかけるランサーの顔を見ているうちに、アーチャーの中で何かが切れた。顔を赤くして、ぐっとランサーの肩に縋りついたままの指先に力を入れて、アーチャーは叫んだ。
「腰が抜けた…………!」
ランサーが目を丸くする。
「動けん、身動きが取れん、どうにもならん、どうにかしろ! たわけめ!」
……言ってしまえば、恥ずかしいこと極まりないことだが。
……言ってしまえば、これほど楽になることもなかった。
真っ赤になったアーチャーは半ばどうにでもなれ、と目を固く閉じてランサーの反応を待つ。笑うなら笑うがいい、嘲るなら嘲ればいい。
自嘲癖が顔を出したが、アーチャー本人にとってはいつものことなので気づいていなかった。
暗い闇の中、沈黙がつづく。
目を開けてしまいたいような、決して開けたくないような、間。
ひたり、と頬に手が触れてきて、アーチャーは体を強張らせた。
ふっと笑う気配がして、おそらくやさしくランサーは微笑んだのだろう。つづく声が、ひどくやさしかったからだ。
「おまえってやつはこれくらいで……本当にだらしねえな、おら、しゃきっとしろしゃきっと」
手をはがされて体勢が崩れる。倒れる、と思ったときにはランサーの胸に支えられていた。
「―――――っと」
あぶねえあぶねえ、と笑うランサーの顔が見えた、と気づいたときには目を開けていた。
ランサーは快活に、そしてひどくやさしく笑んでいた。
青空のイメージとその笑顔が重なる。
アーチャーは一瞬、ぼう、として。
「お、おまえが、だな、」
「ああ、悪かった悪かった。オレが急だったよな。すまなかった」
おまえ相手にな、と少し気になることを言ったものの、詫びられて多少アーチャーの内心もやわらぐ。
「……わかれば、いい」
「おう」
いっそう明るく笑うと、ランサーは胸に抱いたアーチャーの顎をとらえる。
そうして。
「ゆっくり、な」
薄く開いた唇に、くちづけを落としてきた。
言葉のとおりにやさしく、静かなくちづけを。



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