ぷにぷにぷに。
ぷにぷにぷにぷに、ぷにぷにぷに……。
「……ランサー、」
「んー?」
「んー? ではない!」
叫んだ声は甲高かった。ランサーはとりあえずマシュマロのような感触のそれから手を離し、膝に抱え込んだ“彼”の姿を見る。
褐色の肌、白い髪、鋼色の瞳。そして赤い服といつもと何ら変わりのない“彼”だったが。
ただひとつ。
――――年齢が、大いに下がっていた。


「まったく、どうして私ばかりがこんな災難に……!」
(そりゃ、幸運Eだしなあ)
オレと一緒だし?と内心で思うランサー。誰の仕業かショタ化してしまったアーチャーを膝に抱え込んだランサーはまたその類い稀なるぷにぷにほっぺたに手を伸ばす。ぷにぷにぷに。ぷにぷにぷにぷに、ぷにぷにぷに。
「だからやめろと言っているだろう!?」
「え? 言ってねえだろ?」
さらっと流しランサーは言った。真顔で言った。それにカチンと来たのか、アーチャーは鋼色の瞳でぎろりとランサーを睨み付けてくる。けれど怖くない、全然怖くなんてない。むしろ可愛いくらいである、いや完全に可愛い。
幼児が癇癪を起こしている姿は可愛いものである。
「よっし!」
突然叫んでアーチャーを抱え上げると立ち上がったランサーに、アーチャーが動揺する。足がぶらんと宙に浮いている心許ない感覚。
「な、何をするつもりだランサー!?」
「いやよ、子供相手には」
にっかりと笑って、ランサーは言った。そうしてアーチャーの手を掴むと、
「こうやって遊んでやるもんだと思ってな!」
ぶんぶんぶんぶん、と。
思いっきりダイナミックに、彼の体を振り回し始めた。いわゆるえーと……何だろう?正式名称がわからない。
とにかく手を握ってぶんぶんとランサーはアーチャーを振り回す。
「や、やめ、ランサーやめろ! いや、やめてくれ! 本気で本当に心底やめてくれ! 怖い! 怖いから!」
恐慌状態に陥ったアーチャーが叫んでもランサーは「えー?」などと言いつつ笑顔で彼を振り回すのをやめない。それどころかさわやか笑顔になってさらに高速でアーチャーを振り回す。
そこで、アクシデントが起こった。


「あっ」


あっ?
その瞬間、時が止まる。固まる時間、凝固する瞬間。
ランサーの手からすっぽ抜けたアーチャーの手は頼りなく宙をかくが、届くところなどどこにもなく。
小さな彼の体はそのまま遠くへ遠くへとものすごい勢いで飛んでいく。
「やべっ……」
やりすぎた!とさすがに慌てて敏捷スキルを発揮し、褐色の小さな手を掴もうとしたランサーだったが。
「ふんっ!!」
どっせい!とアフレコしたくなる気合いの入った声と共に小さな少女が現れて、どこまでも遠くへ飛んでゆこうとするアーチャーの体を受け止めた。
思わず目をつぶっていたアーチャーは、おそるおそる瞼を開けて自分を受け止めてくれたその人を見る。
「……セイバー……?」
そう。
その少女とは、アルトリアさんことセイバーであった。
セイバーはふうとため息をつきながら、呆然としているアーチャーに向かい。
「危ないところでしたね。大丈夫ですか? アーチャー」
「あ、ああ……助かった、ありがとう……」
「痛いところなどありませんか? 怪我などは?」
「大丈夫だよ。本当に助かった、ありがとう」
「そうですか」
アーチャーを受け止めたままセイバーは可憐な笑みを見せると、一転物凄い形相でランサーを見据え。
「ランサー!」
アーチャーと同じくぽかんとしていたランサーは、その言葉に我に返る。それから。
「やはりあなたにアーチャー……いえ、シロウは任せられません! このような事態を巻き起こして! 一歩間違えば、どのようなことになっていたか……!」
「って、何だよ、おまえには関係な」
「あります! わたしとシロウは剣と鞘の間柄! わたしはシロウを守らねばなりません! それを……」
だん、とちゃぶ台の上にセイバーは片足を乗せて。
「それを、このような! このような無体を働かれて許せると思っているのですか!? シロウの身を危険に晒すことなどわたしには出来ない! あなたのような男に!」
だだん、といっそう深くセイバーは足を踏み込んで。
「あなたのような男に、シロウを任せることなど出来はしない!!」
カチン。
そこで音が鳴った。何の音かと言えば、ランサーの心が立てた音だ。
「おい、セイバーよ。なんでオレがおまえにそんな風に言われなきゃなんねえんだよ。そもそもアーチャーはオレのもんでな」
「よくも恥ずかしげもなくそんなことを言えたものだ! シロウはわたしのものです!」
「オレのものだ!」
「わたしのものです!」
…………。
怒鳴りあって、そこからの沈黙。
睨みあってふたり、ふん、とランサーは鼻を鳴らすと。
「セイバー。おまえはオレに絶対に勝てねえ。何しろオレとアーチャーは肉体関係を結んだ仲」
「エクスッ、」


カリバ――――!!


独特の発音で発動された光の剣。それは的確にランサーを吹き飛ばし、座に送り返した。ふうっと汗を拭ってやり遂げた笑みを浮かべると、セイバーはアーチャーに向き直って。
「大丈夫ですよシロウ。これであなたに無体を働くものはいなくなりました!」
「あ……うん、ありがと、う……」
屋根に、天井にぽかんと開いた大きな穴。
これを修理するのは誰なのだろうと思いつつ自分を抱きしめシロウシロウと頬ずりしてくるセイバーに、一抹の不安を覚えるアーチャーなのであった。



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