「―――――で。どうなんですか?」
床から足を浮かせて。
けれどぶらぶら遊ばせるだなんて行儀の悪いことはせずに、金髪の子供が問う。紅茶の香りを楽しみながら。
青いウェイターはそれにメニューの角で頭をかきながら眉を寄せる。
どちらとも、目立つ色彩と顔だちだ。
「認めたくはねえが負けっぱなしだな。ちくしょう、オレともあろうもんが情けねえ」
渋い顔をする青いウェイター。店内にはごくごく小さな音でクラシックが流れている。その旋律を楽しむように金髪の子供は天井に視線をやった。のんびり、答える。
「やっぱり。そうだって思ってたんですよね」
「喧嘩ならいつでも買うぜ」
「あは。やだなあ、そういうのじゃないですよ。ボクの方から喧嘩を売る気はまったく、全然、かけらもありませんから気を静めてください」
「それはそれで不気味だな……」
というか、おまえに諭されるのがたまらなく不本意だ。
そう言う青いウェイターに視線を戻して、金髪の子供がため息をひとつ。
「そうなんですよね。ランサーさんがそう言うのもわかります。そう言わざるを得ないことを大人のボクはしてるんですから」
ああやだなあ。なんでかなあ。またため息をついて手を組んで顎を乗せる。
「争いごとなんて本当はいやなんですけど。平和に、楽しくやっていきたいのに」
「みんな笑顔で仲良く遊びましょう、ってな。……な、おまえ、どうしてあんなんになったんだ? 今の殊勝な態度を保てよ」
「まったくです。ボクは今のボクのまますくすく育っていきたいです。でも……未来は、変えられないんですよねえ」
ふーむ。
ふたりはしばし考えこむ。
いらっしゃいませとウェイトレスの声。
「いやおまえの未来はどうでもいいんだ。問題は他にあるだろ」
「あ、忘れてました。そうでしたよね」
そろって顔を上げる。
「それでランサーさんの不運続きをどうするかって話ですけど」
「ちょっと待て。運とかそんなもんで片付けるな。こっちは真剣なんだぞ」
「睨まないでくださいって。怖いなあ」
くすくす笑う。くるくる変わる金髪の子供の表情。青いウェイターは再び眉を寄せた。
「っとに。……同じ“アーチャー”ならオレはあっちと仲良くなりてえんだがなあ」
それがなんでおまえとなんだか。
つぶやいて、肩を落とす。目を閉じて回想するように。
「オレに矢避けの加護があるようにアーチャーのクラスにはもれなく性格が捻くれる特典でもついてんのか?」
「そんなもの特典でもなんでもないですよ。ただの二代続いてるくらいで」
「けどよ。二代も続いてりゃ疑いたくもなるだろ」
「だけどその捻くれ者が好きなんでしょう?」
「そうなんだよ。そこがいいんだ」
「変わってますよねえ」
つぶやいて、金髪の子供が紅茶を飲む。青いウェイターはため息。
「頑なで、皮肉屋で、だけど脆くてはかないところがいい」
難儀ですねえ。他人事のように―――――いや、他人事なのだが―――――告げる。
「大事にしてあげてますか? 子供相手に……ボク相手にするみたいにつっかかっていったら絶対駄目ですよ、たぶん。ランサーさんの方から歩み寄っていって、下手に出てあげなくちゃ。じゃないと、一生念願が叶うことはないと思います」
「してやってるよ。……オレは」
拗ねたように言うから、金髪の子供はおかしくなったのか口元を上げる。本当ですか?なんていたずらっぽく問いかけて。
「搦め手とか。ランサーさん、あんまり得意じゃないように見えるから」
「オレを侮るなよ。色恋沙汰についちゃ百戦錬磨だ」
「だけど今の記録は?」
「あーあ。……あーあー、わかってるよ、みなまで言うな、惨敗だ惨敗。誰が見てもオレの負け」
青いウェイターは低めた声を出して問いかける金髪の子供のせりふを遮る。
「愛してるだとか好きだとか。そういう直球じゃ、まず通じませんね」
「だけど基本じゃねえのか。まずはどう思ってるか告げるってのはよ」
「確かにそうですけど。あの人、いっそ褒めたくなるくらい捻れちゃってますから。逆に純粋ですよ。……うん、そうですね、純粋だ」
こころは硝子、諳んじて今ここにはいない“あの人”について述べる。
「純粋なら素直に受け入れるだろ?」
「そこなんです。純粋だけど素直じゃない。大人で、子供だ。矛盾してる。まっすぐに捻れてるのがあの人なんです」
「まっすぐにって……とことん矛盾してやがるな」
「ええ、かなり」
だけどそこがいいんでしょう、と先程のように聞けば、ああと返事が返ってくる。
「……言っちゃなんですけど……ランサーさん、本当に難儀な人を見つけちゃいましたね」
「ある意味運命的だろ」
「あ、それ上手いこと言ったなあ」
うん、運命的だ。受け入れてこくこくとうなずく。
「空に数ある中の星ひとつ。他に盛大に咲き乱れた花の中の一輪。すごく運命的です」
金髪の子供はロマンチックにたとえて相変わらずこくこくとうなずいている。
「―――――で、だ。そこまで運命的なら、行き着く先は決まってるってもんだろ?」
「甘いなあ。ランサーさん、それは甘いです。決まったところに着地できないから、運命っていうんです」
「振り回されてろってか」
「簡単に言うなら」
「……そんなに気は短くねえつもりだけどよ」
そりゃまいるわ。
秀麗な顔を曇らせて泣きを入れる青いウェイターに同情するように金髪の子供が言う。
「まあまあ。わからないから運命っていうんです。案外ランサーさんが思ってるより早く、終わりは来るかもしれませんよ?」
「始まるまでの終わりがな」
「ええ、そうです」
「……なあ、ギルよ」
「なんですか?」
「おまえ、あいつよりよっぽど大人だわ。爪の垢でも煎じて飲ませてやりゃ少しは話も上手く行くのかもな」
「好きな人に対してひどいこと言いますね」
「だって実際そうなんだから仕方ねえだろ」
「だけどそこが」
「いいんだよな」
言葉尻を奪い取ってはあ、と長いため息。
「オレよりがたいもいいくせにガキだ。ったく、やってらんねえ」
「ふてくされて小学生みたいな真似しないでくださいね。好きな女の子をいじめるだとか」
「しねえよ。オレはガキじゃねえんだから」
「大人だって?」
「大人だろうが」
ふーん?
「……なんだよ」
「いえ、別に?」
なんでもないです。
さらりと答えて紅茶を飲む金髪の子供。しばらくクラシックがその場に流れる。途切れることのない旋律。穏やかな調べ。
「ごちそうさまでした。じゃ、ボクはそろそろこの辺で」
「おうよ。お疲れさん」
とっ、と金髪の子供が床に足をつく。青いウェイターは伝票になにごとか書きこみ、
「見てろよ。またおまえが来るときにゃ、絶対上手く行ってみせてやる」
「はい、期待してます。頑張ってくださいね」
運命なんかに負けないで。
そう言って金髪の子供は微笑むと、青いウェイターにさよならと告げた。店内を歩いていって会計を素通り。扉を開けると雑踏が一気にわっと金髪の子供を包んだ。
それに少しびっくりしたように目を丸くすると、金髪の子供は歩きだす。
アンティーク調に飾られた窓をのぞきながら歩いていく、首を伸ばして中を見ていた金髪の子供はふと、笑いをこぼした。
「……子供じゃないですか」
自分に向けてガッツポーズを取ってみせた青いウェイターに向けて、届かない距離から、そう、つぶやいた。



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