最近、ランサーの様子がおかしい。
やけに離れることを気にしたり、他人と話しているアーチャーをじっと見つめたりしてくる。
例えるならば寂しがり。
まったく、らしくない。
彼のキャラクター的に、まったくらしくない。


「君はどう思う? ライダー」
「はあ……話を聞く限りですと」
深紫の髪を長く結んだ美女は、――――ライダーは――――湯呑みをとん、とちゃぶ台に置いてつぶやく。
女性にしては低く、それでもまろやかさを備えた甘い声。
それは聞く者の耳を心地良くくすぐる。
「わたしが考えるに、ここでわたしとあなたがこのように密談めいたことをしているのはよくないのでは? アーチャー」
「それはわかっているのだけどね。けれど、相談する相手が君くらいしか思い当たらなかった」
「いえ、そうではなく……いいえ。そうですね」
らしくなく濁すような言葉遣いで、ライダーは首を傾ける。
その動きに添って艶やかな髪がさらりと揺れた。
「リンではランサーのことなど放っておけと言う。イリヤスフィール、そしておそらくはセイバーも同じでしょう。サクラではランサーのことを深く知りえず、キャスターではそもそも話にならない」
藤村大河のことはあえて口にせず、ライダーは女性陣の名前を口にしていく。
「士郎など、あなたにとっては天敵ですしね。あの神父や英雄王もまた同じでしょう?」
「……驚くほど君は私を理解しているのだな、ライダー」
「いえ。ただ、他人として分析した結果をお話したまでです」
あなたもまた苦労人ですからね、とライダーはアーチャーを評した。
「あなたも?」
「わたしも姉さまたちには……いえ、何でもありません」
ぶるり、と肩を震わせたライダーを不思議そうな目で見つめながらアーチャーは、空になったその目の前の湯呑みにさりげなく新しい緑茶を注ぐ。
「……それで、その、だな」
「はい?」
「これは……その、女性である君に話していいのかどうか、わからないのだが」
「ああ。恥ずかしいのであれば話さなくとも結構ですよ」
「え?」
「大体察せますので。情事の件でしょう?」
「!」
自分を落ち着かせるように湯呑みの中味を口にしていたアーチャーは、その発言に大きく咳き込んだ。原因であるライダーはそれを気遣うこともせず、ただ落ち着くに任せる。
「……何か間違ったことを?」
「――――い、いや。間違って、は、いない」
……のだが、と時折咳き込みながら口にするアーチャーの頬は、間違いなく赤らんでいた。
ようようといった風に言葉を選びつつ、アーチャーは宙を見上げて“それ”を紡ぎ出す。
「その。……以前に比べ、彼……ランサーが、求めすぎてくるように、その、なったのだよ。頻度が増したというか……」
「性欲が増したのですね」
言葉をまったく選ばないライダーに、アーチャーがまた大きく咳き込んだ。今度はなかなか止まらない。対面に座っているという都合上、ライダーは彼の背中を擦ることも叶わずまたもや落ち着くままに任せている。
やがて……――――っはあ、といっそなまめかしいほどにアーチャーは息を継ぎ、少し抗議するようにライダーを俯いた視点から見上げ、けれど非難することはなく言葉にした。
「……そうだよ。求めてくる回数が増えた。ああ、そうだよ、以前は週に三度か四度だった。それが毎週だ! それも一日に一度だけではない! 何度も何度も! 彼は、私を、求め――――」
「いえ、もう結構です。大体察せました」
「何?」
怪訝そうに問うアーチャーに、眼鏡の奥の瞳からライダーは。
「兎」
「は?」
「寂しがり屋であり、性欲が激しい。兎の主な特徴です。ランサーの外見を思い出してみてください。肌の色が白く、目が赤いでしょう?」
一般的な兎の外見を思い出してみてください、とライダーは重ねて告ぐ。
「一般的な兎は白い毛の色をしていて、赤い目の色をしている。子供たちに問いかけてみれば大方そんなイメージが――――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
その言葉に従って“待った”ライダーに慌てたようにアーチャーは言葉を投げかける。
「何故? そ、その説を採用するとしてだ。どうしてランサーがそのようなことに?」
「そのようなとは」
「兎化だ!」
「キャスターの魔術か、英雄王の道具のせいではないですか」
大体そのようなトラブルの原因はそのふたりのせいですよ、と“ちょっと”“待った”ライダーはそれ以上待たずに言葉を投げ返した。その言葉に、呆然とするアーチャーにライダーは湯呑みを手に取り、ずず、と啜って。
「兎の耳や尻尾が生えたりしなかっただけ良しとしましょう。後は効果が切れるのを待って――――」
「い、いつ?」
「さあ」
すげない返事に瞠目したアーチャーに、しかしライダーは優しい言葉を返さない。沈黙のみでもってずずず、とさらに茶を啜る。
「耐えてください、アーチャー。……それでは、わたしはここで」
とん、と置かれた湯呑みの中は空っぽ。立ち上がるライダー、呼び止めようとしたアーチャーの肩に置かれた白い手。
「幸運を祈ります」
それでは、と繰り返して、ライダーは兎に捕まった鷹を残して自室へと去っていった。



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