イリヤとランサーが居間でテレビを見ている。お互い共通の話題はないので会話はない。ただ、テレビを見ている。
台所では調理の音。ふんわりといい匂いが漂ってくる。
ランサーはくん、と鼻を鳴らした。そんな彼を横目でちらり見るイリヤ。もともとテレビには興味はない彼女はぶしつけにでなくじっと相手を見る、という器用な真似が出来る。ただしその視線を感じたのか、ランサーがイリヤの方を向いた。
「なんだよ」
「なんでもないわ」
「見てただろうが」
「自信過剰じゃないかしら?」
赤い瞳が見つめあう。おとなげない英雄、とイリヤは内心でつぶやいた。こどもらしくないガキ、とランサーは内心でつぶやいた。
(ああ、はやく、アーチャーが来ればいいのに)
それは、内心でのユニゾン。
テレビはあいかわらず騒がしい音を垂れ流している。バラエティ。娯楽の象徴。
急いで作ってしまうからふたりともテレビでも見ていてくれないか。
アーチャーが、そう言ったから。ふたりはおとなしくテレビを見ている。
台所から食器の音。自然にふたりの視線がそちらに向かう。
「アーチャー」
声がそろってしまってふたりは驚いたような顔で互いを見た。そこにアーチャーがひょいと顔を出す。
「なんだ、ふたりそろって」
「一緒にしないで」
「こっちのセリフだ」
「―――――喧嘩をするなら外で頼む。で、一体何故私を呼んだのかな?」
「なにか手伝えることはないかって思ったの。わたし、いろいろ出来るのよ、アーチャー」
「オレも同じだ。手伝えることがあったら言えよ」
イリヤがむっとした顔になる。じろり、ねめつけるようにランサーを見上げて、
「ちょっと、人の真似しないで」
「真似なんかしてねえよ」
「わたしがアーチャーの手伝いをするのよ」
「いや、オレがする」
「わたしだったら!」
ことん。
静かな音に、ふたりは同時にちゃぶ台の上を見る。いつのまにか食器が出されていて、アーチャーが手にした盆には湯気を立てる昼食が乗せられていた。今日のメニューはオムライス。
「ふたりとも、座るんだ。冷めてしまっては不味くなる」
焦ったように席につくふたり。わあ、とイリヤが歓声を上げた。
「美味しそう。ねえアーチャー、あれやって、あれ」
「あれ?」
ケチャップを持ってにっこりとイリヤ。アーチャーは勘付いたようにそれを受け取る。
イ、
リ、
ヤ。
黄色い卵の上に赤いケチャップで書かれた「イリヤ」の三文字。イリヤは手を叩いて喜ぶ。その無邪気な様にむっとしたようなランサー。
「おい、アーチャーそれ貸せ」
「待て。君は調味料をかけすぎるから……」
「いいから貸せって」
無理矢理に奪い取ってオムライスに挑む。ラ、ン、サ―――――
「あ」
アーチャーがつぶやく。ケチャップが皿からはみだした。それ見たことか、と呆れた視線にランサーはスプーンを取って失敗した文字を全部ぐちゃぐちゃにしてしまう。
「せっかくのアーチャーの料理なのに。だいなしだわ」
イリヤが髪をかきあげつぶやく。それに、
「いいんだよ、これで!」
と返してランサーはスプーンを赤く染めるケチャップをべろりと舐めた。
「いただきます!」
大きな声で叫んで、かつかつとオムライスを食べだすランサー。それを目を丸くして見ていたアーチャーだったが、我に返るとイリヤに促して自らもいただきます、と続く。
かちゃかちゃと皿とスプーンの触れ合う音。しばらくはそれが続いた。
大口でオムライスを片付けていく、ランサーのその顔をふとアーチャーが見た。ごく自然に頬に手を伸ばし、ついた米粒を取る。
「まったく、君は仕方ないな」
そう言って米粒を口にするアーチャー。ランサーはそれをきょとんとして眺めていたが、へへ、とうれしそうに笑う。
どこか勝ち誇ったような笑み。それを見てイリヤはちまちまと食べていたオムライスからいったん注意を逸らし、ふん、という顔でランサーを見返す。
「まったく、ランサーったら子供みたい!」
「悔しいならやってみたらどうだい、嬢ちゃん」
「馬鹿なこと言わないで。わたしはそんな下品な食べ方なんてしないの。それに悔しくなんてないんだから」
「へ、意地張っちまって」
「浮かれたあなたに言われたくないわ」
じろり。
睨みあうふたり、何かを言いかけるアーチャー。
だがしかし、彼は席を立ちそのまま台所へと消えてしまう。
何かを取りに行ったのか、そう思いそちらをしばらく見ていたふたりだったが、一向に戻ってこないアーチャーに、不安げな顔になっていく。
「……おい、嬢ちゃん。あんたのせいだぜ」
「なに言ってるの。あなたのせいでしょ?」
「アーチャーを怒らせちまうと長いんだからな。どうしてくれんだよ」
「だからわたしのせいじゃないって言ってるじゃない!」
イリヤが大きく声を張った。それを最後にしん、とその場が静かになる。赤い瞳が見つめあう、眉を八の字にして顔を見合わせるイリヤ、ランサー。
「……アーチャー、怒っちゃったのかしら」
「オレたちが喧嘩ばっかしてるからかもな」
「そうかもしれないわね」
「よし、戻ってきたら…………だぞ、嬢ちゃん」
こくりとうなずくイリヤ。と、扉を閉める音がしてアーチャーがようやっと台所から一歩踏みだした。
「アーチャー!」
ふたりは叫ぶ。
「ごめんなさい!」
タイミングを合わせようともしなかったのに、ふたつの声は完璧にそろった。頭を下げてイリヤとランサーは反応を待つ、その目の前にことん、ことんと音を立ててふたつの皿が置かれた。
「糖分が不足するとイライラしがちだというからな」
なんでもないように言って、アーチャーは鋼色の瞳でふたりを見る。その言葉にそろそろと顔を上げたふたりは、そろって目を丸くした。
「Ein Pudding!」
顔を輝かせて叫んだイリヤの声に反応するようにふるんと震えるプリン。甘党のランサーもじっと自分の分のそれを見ている。
「食事が終わってからだぞ、イリヤ、ランサー」
そう言うと、アーチャーは自分の食事に戻った。
その顔がほのかに赤いような気がするのはどうしてだろう。
ふたりは顔を見合わせ、そしてそろって笑む。


「Mein wichtiger jungerer Bruder、大好きよアーチャー」
「オレもだぜ、アーチャー」


もう喧嘩はしませんとふたり同時につぶやいて、イリヤとランサーは両側からそのほのかに赤くなった褐色の頬にくちづけた。



back.