ランサーは黙ったまま自らの膝の上にまたがった男の顔を見つめた。いつもならなにごとかのべつまくなしに喋って辱めてやるのだが、今回は黙っていた方が面白いと思ったからだ。
案の定、男はいたたまれなさそうに目を逸らしたり、もじもじと座りが悪そうに体を動かしたり、落ち着かない様子だった。おもしろい。つとめて無表情でじっくりと男を上から下まで観察するように眺めると、ますます居心地が悪そうに体を捩る。だったらどけばいいのにそうしない。何故かと聞くことも出来たのだがしなかった。自分の口から言わせるほうが楽しいと思ったからだ。腰を掴んで押さえつけ、突き入れるときのように拘束してやってねちねち尋問するのもそれはそれで楽しそうだったが。
「何故、聞かないのだね」
「ああ?」
案外つまらなさそうな声が出たことに少し驚いた。心中はこんなにも血沸き肉踊り楽しんで飢えているというのに。
それをなんとも思っていないような声が出た。ランサーは地味に驚嘆する。
「何故、こんなことをするだとか、そういったことを聞かないのだねと聞いている」
「聞かないのかと聞くとは変な文法だな。この国の生まれだろ、もう少しまともな言葉を喋れよアーチャー」
ぐ、と男は言葉を呑む。褐色の肌がうっすら赤く染まってまったく不意打ちに弱い奴だとランサーは呆れた。普段はつんと澄ましているくせに変なところで脆い。え、こんなところで、と思うようなポイントで崩れたり、穿たれたりするのでやさしく扱ってやりたいときはつくづく扱いにくい相手だったりする。
泣くし、鳴くし。
とんでもなく変だったり、露骨だったりするポイントで。
わかりづらい。
そんな男は息を吸うとランサーをきつく睨みつけてきた。鋼色の瞳が決意を灯して鋭く光っている。口を開けば赤い舌とややそれよりも淡い口内の粘膜が視界に飛びこんできた。
「―――――今日は、私から迫ってみようと思ったのだよ」
「は?」
「いつも君に翻弄されてばかりだからな。……いわば復讐だ」
ふくしゅう ―しう 【復 讐】revenge(名)スル かたきを討つこと。仕返しをすること。“敵に―する”
「……まあ、一応オレたちゃ敵同士でもあったわけだがな……」
それにしてもぶっ飛んだその発想はなんだ?とのランサーのつぶやきを見事に流して、男はその言葉尻を唇で拾ってすくい上げた。そっと食むようにしてから、舌先を出して舐める。ランサーが黙ったまま薄く口を開いて招き入れれば濡れた音を立てて忍びこんできた。
積極的に絡んでくる舌に泰然とかまえて、ぬかるみに踏みこんだような音を聞く。ずいぶんと粘着質なくちづけだと鋼色の瞳を正面から見据えて考える。負けずに、というかどうか。男もランサーの瞳を正面から見据えてきていた。
揺るがないそれに立派だ、と賞賛の言葉を送る。すぐに潤んだり熱っぽくなったりすれば、宣言を破って押し倒してやろうと思っていた。足を掴んで屈辱的な格好で観察した後に、言葉で責めてもっと騒がせてから。
サディスティック極まりないが、仕方ない。こうしたのはこの男だ。
やさしくやさしくしてやりたいと思う反面、声が枯れるほどひどくしてやりたいとも思わせる。ただ背後から抱いて肩に顎を乗せ、懐かしい故郷の歌を歌ってやりたいときもあるし、挨拶もなしに唇を奪ってそのままなしくずしに、というときもある。
結局この男が悪い、と結果はそこに落ちつく。ランサーをそうさせる、そうさせた男が悪い。
男がランサーを変えた。ならば復讐すべきはランサーのほうではないか?
だが、面倒だ。
それにせっかく迫ってくれるというのだから身を任せてみるのもいいのではないか。たまには男の意思で奉仕されるのも悪くない。
「……っは」
糸を引いて唇を離し、その糸を指先で絡め取ってわざとらしく舌で舐め取る様はさすがに扇情的。ぷつんと切れた銀糸が惜しい。つながっていたいと生娘のようなことを想うわけではないが、もう少し淫らな様を見てみたかった。
と、男はその指を離さずランサーに見せつけるようにねぶった。弓を扱う指先を唾液が伝い、たくたくとそれぞれの付け根までが濡れていく。最終的に口元をてのひらで覆って、熱い息を吐いた男は色気も素っ気もない黒の上下を点々と雫で色濃くし、ランサーを見つめた。
「覚悟するといい」
言うが早いか口元を覆っていたてのひらをひらめかせると男はランサーの下肢へとそれを伸ばした。視線の効果を狙っているのか一瞬も外さずに、器用に指先だけで革パンのジッパーを下ろしていく。
「即物的だな」
「君を見習っているのだよ」
そうか?
結構丁寧にしていると思うのだが?
くちづけが粘着質だった分、いきなりの弱点への責めにランサーはいささかがっかりする。もっと焦らしたりなんだりしてみるものかと思ったのに。バリエーションが不意に途絶えたような気がして、これから楽しめるのかと不安になる。
たどたどしい愛撫も嫌いではないけれど。
「―――――ッ」
不意に首筋の皮膚の薄い部分を食まれて、声が詰まる。下着の上からいまだ半端な熱しか持たない己を探っている濡れた指先のたどたどしさとはうらはらにその攻撃は巧みだった。予測しないそれにランサーは笑む。そうきたか、と。
男は赤子が乳を飲むように唇をうごめかせて、ときおり歯を立ててみせる。上と下への同時攻撃にランサーは無表情を維持出来なくなり、肩を揺らして笑い始めてしまった。
楽しい。
こんな復讐ならいつでもどうぞ、だ。なんだろう?もっとひどく虐めたら仕掛けてきてくれるのか?だけれどやさしくしたいときはどうしたらいい?なあどうしたらいい?
聞いても男はきっと知らん、とぶっきらぼうに言うのだろう。だからランサーはたずねなかった。高まっていく己を感じながら舐め上げられる喉を鳴らして笑いつづける。喉仏をまるで猫のように舐められてくすぐったかった。
思いきらず下着の上から己をなぶりつづける指先を掴んで、腰を突き上げて無理矢理に果ててやりたかったが自重した。
は、と熱を持った声を漏らしてアーチャー?とせめて男の名前だけを呼ばせてもらう。
すると男は怪訝そうにランサーを見た。責めが中断してしまって、中途半端に放置された熱だけが残る。
ここまで来て焦らす気か―――――舌打ちをしそうになると突然に責めが再開されて、ランサーは息を呑んだ。
不意打ち。
声を上げて高らかに笑いだしたくなるが男の顔があまりにも真剣なのでやめておいた。子供が実験をしているかのように男はランサーの熱と格闘している。色気のない。
一生懸命すぎて色気がなくて、逆にいやらしい。とうとう下着の中に手が入ってきて熱に直接触れ、軽くランサーは呻く。
あぁと低い声に男は体を震わせる。なんだか困ったような顔で見つめてくるので上目遣いに見てみると、立ち上がった熱を避けるようにずり下がって太腿の辺りに座った男の、押しつけられた下肢が熱かった。
この野郎。
「なあ」
「……なんだろうか」
「これが終わったら、今度はオレが復讐させてもらうぜ」
「な!」
「ずるいんだよ、卑怯だおまえ。んな醜態オレの目の前でさらして無事でいられると思うな」
嫌なら逃げろ、だが逃がさない。宣言すると男は眉間に皺を寄せた。目を見開いておそらくは予想外の言葉にうろたえている。このままつづけて自分の意思をまっとうするか、おざなりに逃げて脱力させた隙に逃げるか。考えているのか。それともなにも考えていないのか。
どちらでもいい。
どちらも楽しい。
血沸き肉踊る、ああ、やっぱりこの男と遊ぶのは楽しい。
愛してやるのはとても楽しい。
笑いながら、決めあぐねている男を見る。手は止まってしまって動かない。弱くて脆い復讐者。
彼は淫らに身を崩しつつ、清純を気取って悩んでいた。ランサーはじっとそれを見ていた。
どれだけ時間が経っても、高まった熱はおさまる気配がなかった。



back.