眠りから覚める。
「―――――朝か?」
「朝だな」
のろのろと手を伸ばして、時計を手に取ろうとして、力尽きる。ああと情けない声が出た。ああ駄目だ。
「昨日頑張りすぎた。だりい」
「君は……」
言うあいだにも髪に鼻先をうずめるランサーに、アーチャーは呆れた表情を浮かべる。滑らせてうなじのへこんだところに唇を合わせて。軽く吸って跡をつけると、上機嫌に笑む声が骨に直接響いてきた。
「隠れんだろう」
「隠すなよ。おまえはオレのもんだ」
「……誰かの所有物になったつもりはないが?」
「じゃあ、いまからなれよ」
無茶を言う、とくすくすアーチャーは笑う。私はマスターのものだよ。そう言うとランサーは首をかたむけて直接顔を覗きこんできた。端正な顔が近い。アーチャーは少しまばたいて、それからその顔をまじまじと見つめる。
ランサーの顔は好きだった。ランサー自身も。褥ではなんだかんだと愛の言葉を言われても平然と受け止めるアーチャーだったが、朝の、それも早朝からとなってはさすがに多少気恥ずかしい。
「矛盾してるぜ」
「仕方ない」
生物は皆矛盾する、というアーチャーの言い草にランサーは心底いやそうに顔を歪めた。
「おまえは、本当にへりくつが好きだな」
素直になれよと頬にくちづけ。ちゅっと音を立てて。死んでからもへりくつを唱えることなんかねえだろうが。
アーチャーは枕を抱いて考えるそぶりを見せる。いち、にい、さん、スリー・カウントの間があいて答えた。
「君のほうが好きだが」
「は?」
「へりくつよりも私は、君を好いていると言ったのだよ」
白い顔が。
見る間に、赤くなる。
てめえ、と低く恫喝されてもアーチャーは枕を抱いて知らんぷりだ。いや、好いていた、かな?そう告げられてランサーは目を丸くする。過去形かと。おまえにとって所詮オレは、その程度かと。情けない声がまた出そうになった。はああとため息をついて、裸の胸元に腕を回す。と、するりと抜けだされてがくりとうなだれた。
ぬくもりが残るアーチャーの抱いていた枕を抱いて、朝だというのに黄昏ていると、朝日の中でアーチャーは笑んで。


「いまは、愛しているからな」


沈黙が落ちた。
ランサーは目を見開いて硬直している。アーチャーは笑顔のままだ。シーツを下半身に巻いたギリシャ彫刻のような姿で。
朝日の中で笑んでいる。
下りた髪、艶然としながら無邪気な笑顔、散った赤い跡、褐色の裸体、白いシーツのコントラスト。
そのすべてに目を奪われてランサーは硬直した。
ランサー?楽しそうに名前を呼ばれて我に返る。
「ずいぶんと間の抜けた顔をしているが。どうかしたのかね」
どうしたのかね、じゃねえよ。
素直になれと言った結果がこれだ。ランサーは頭をがりがりと掻いて、ベッドサイドの煙草を取ろうと手を伸ばしたが箱が空っぽなのに気がつく。それに呆気にとられてまた硬直して、ランサー?と楽しそうに名を呼ばれる。
まさかこのまま繰り返すんじゃねえだろうな。ちくしょう、さっきのひとことで魂を引っこ抜かれてなかったら瞬時に襲ってやっているのに。
生殺与奪の権利を握ったアーチャーはまだ無邪気に微笑んでいる。白い光の中で、その笑顔は完全に清らかな天使の。天使の!天使の!
それに見えて、ランサーは神経ををわしづかみにして容赦なく揺さぶられるのを感じた。
―――――くらくらする。
頭を掻きむしるとランサーは危ういところが見えそうになるのもかまわずにあぐらをかいた。煮るなり焼くなり好きにしろ状態だ。
「なにをふてくされているのかな? ランサー」
「なんでもねえよ」
「それは困る。なんでもないというのにそんな不機嫌な顔をされては気になるだろう」
私の愛するランサー。
「だからそいつを……」
やめろ、と吠えようとしたところで頬にくちづけされた。音を立てて。
呆然とするランサーに、微笑んだままでアーチャーが言った。
「機嫌を直してくれないだろうか?」
「……負けた。頼むから、やめてくれ」
「勝ち負けの問題かね」
「ああそうだ。いつでも無理矢理になにもかも強制しちまって、オレが悪うござんしたよ」
アーチャーは首をかしげる。ランサーはもうやめてくれ、頼むから、と耳まで真っ赤にして白旗状態である。
「君に無理矢理強制されるのは嫌いではないが」
ランサーは頬杖をがくんと外して、盛大に膝に顎を打ちつけた。思わず涙目になる。
「おまっ、絶対わかってて……」
「さて、どうかな?」
微笑んで朝の光を浴びるアーチャー。いまや主導権は完全にアーチャーに移動していた。さて、彼に悪気があるのか、ないのか。
それは、アーチャー自身にしかわからない。



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