白くふっくりとした指先。
それが、荒れた褐色の肌の上に添う。
「エミヤ」
甘く甲高い声が上がり、つやつやとした桃色の唇が肌と同じく荒れた唇の上へと重ねられた。
「ん」
伏せられた目蓋、長い睫毛が白い肌に影を落とす。褐色の肌を撫で回すかのように動く白いてのひら、何度も上がるリップ音。
水蜜桃のような美しさを持った少年のくちづけは、ひどく、やさしい。だがそのやさしさに男が気付くことはない。
開けられたままの鋼色の瞳は曇っている。焦点の合わないその悲哀。それを癒すかのごとく何度も何度も少年はくちづけを落としていく。
淡い、ふんわりとしたくちづけ。動いていたてのひらが止まり、固定されて男の肌を挟む。
ぱちん。
開いた少年の瞳はさながら紅玉。それが男の姿を見つめて。
「オレが見えてる?」
呼びかけが、聞こえた。
「オレにはおまえが見えてるよ」
にっこりと、少年は笑った。少年だというのに美少女のような可愛らしさで。
光る爪先の色は桜貝。
男からは返答がない。項垂れた顔に回り込むように少年が覗き込むが、やはり反応はなかった。
「…………」
「…………」
ぱちん、ぱちん、と瞬きを繰り返す赤い瞳。
ふんわりと刷毛のような睫毛が白い肌を掃いて。
「エミヤ」
繰り返す、呼びかけ。
「好きだ」
甘い、愛のささやき。
また、少年は男へと唇を重ねた。ちう、とリップ音。
「ん……ん」
何度も、何度も、角度を変え。
やがて小さな舌が覗き、男の唇をノックする。すると男の唇は抵抗することもなくそれを受け入れ、ゆっくりと少年の舌は男の口内に迎え入れられた。
大きさには差があった。とてもではないが全部では絡め合わせられない。小さな舌は男の舌の先端だけを絡め取る。
抵抗は何もなく、舌と舌同士は絡め合わせられ続けた。
少し先に進んだ柔らかい舌がざらざらとした大きな舌の表面を撫でる。その感触を確かめるかのように何度も、何度も大きな舌の表面を撫でる小さな舌。
そうすれば唾液が溢れ、大きな舌の窪みに池のようなものが出来る。ぴちゃん、と水音。
それを拭うように、飲み込むように小さな舌は動き続ける。だが、男からの反応はない。
鋼色の面に焦点は、未だない。
「ん……」
こくん、と小さな喉が鳴った。
自らと男の唾液の混合物を飲み込んだ少年は、その蕩けるような味のするものを男の舌へと擦り付けた。小さな動物が慣れたものへ頭を擦り付けて強請るように。
「エミヤ」
男からの返答はない。
けれど、少年は続ける。
「好きだ、だからな」
くちづけとは裏腹とした、しっかりとした声音で男にだけ向けて。
「必ず、助けてやるから」
力の入った、声音でもって。
「だから、待ってろ」
男からの返答はない。
けれど、少年は。
「オレだけを、待っていろ」
視線を落とし、そして、上げて。
「――――オレだけを、待っていろ」
小さくはあるが、しっかりとした声音で、一度、つぶやいた。
「ん……」
そして、再び唇を重ねた。
今度は表面だけで。荒れていた男の唇は、先程のくちづけで潤っていた。捲れた表皮はしっとりと落ち着き、ざらりとした冷たい舌は熱さを受け入れた。
熱い、熱い少年の体。冷たい、冷たい男の体。
だが、灯ったものがある。
男に、灯ったものがある。
ちく、ちくと濡れた音を立てて少年と男はくちづけを交し続ける。
項垂れた男の首。
そこに灯ったもの。
何もない、男の瞳。
そこに。
そこに、灯った。
灯ったものは、確かに。



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