絶対に似合わないからいいと言ったのに何回も言ったのにと思考が子供じみる。おまえたまには違う服を着てみろよと持ちかけられて服なんて着られればいいと答えたのが間違いだったのだ。向かい合った相手は赤い瞳を丸くしてしばらく黙ってから、え、だっておまえ、と意外そうに言った。何が、え、だって、なのか今でもわからないしわかりたくもない。え、だっておまえ。またしばらく黙ってから、ティ・カップを包むように両手で。
話はそこで終わったかに見えた。終わっていたら平和だった。ある日部屋で本を読んでいると、ドアが開けられた。ノックをしないのは誰も彼もだ。プライバシーというものは自分にはない。ざっくりと入ってきた男は大きな箱を脇に抱えていた。愛している愛しているとどこでもところかまわず口にしてはばからない男の性格と同じく、派手に明るくラッピングされた大きな箱を目にして呆然とする。
なんて過剰包装。
男はそれを放り投げる。ベッドに腰かけて本を読んでいた自分の横、すれすれに。大きな箱は見かけに反して軽かったらしく衝撃はそうなかった。幸いなことに。
けれどそんなことを思う間もなくどん、と倍以上の衝撃がベッドを揺らした。男が飛びはねるようにして隣に腰かけてきたのだ。思わず再度呆然として端正な白い顔を正面から見つめてしまうと、いたずらな少年の顔でにっと笑われた。
……なんのつもりだ。
……おまえに。
……私に、なんだと。
……プレゼントだよ。
脱力。予想してはいた、予想してはいたのだ。
着ないのなら着せればいいじゃない。
どこかの王妃まがいのせりふが脳裏を過ぎる。この男はそういう男だ。したいことをしたいようにする。自分が許してしまうのを知っていて。愛している愛しているというのをやめないかと言いながらいやだと言わない自分の心中を知っていて笑う男なのだ。
文庫本は哀れ床に落ち自分にも男にも存在を忘れられた。思いだされることはない、しばらくは。主役は箱の中味であるのだから。
乱暴に服を破かれてはたまらないので自分で着替える。見上げる赤い瞳に後ろを向くようにとせめて願いボタンを外した。衣擦れの音。上半身だけ裸になってから順序がおかしいと慌てる。ベッドの上で存在を主張する箱に手を伸ばすとあきらめてリボンを解き、テープを剥がし、包装紙を丹念に剥がし、蓋を開けて。
唖然とした。
過剰包装にも程がある!
え、だっておまえ。男は先日と同じ言葉を口にした。着々とその浮かれた服を着せられてしまう。後ろを向いていろと言ったはずだ、え、だっておまえ、放っておいたら先に進みゃしねえだろ、当たり前だこんな、こんな? こんな服は私には、
男は耳元でささやいた。
おまえを思って買ったんだぜ?
ずるい。卑怯だ。なんて。許してしまうのを。こんな馬鹿げたことを許してしまうのを知っていて、そんな声と言葉で。おまけに愛しているだなんてとどめのひとことではないか。愛してる奴のいろんな姿を見てみてえのは男として当然だなどと。自分だって男だ、その心理は理解できるがだからといって、ああ、口をふさがれた。
そうして自分は着せ替え人形になった。似合わないと言ったのに何回も言ったのに。
鏡の前で立ち尽くす。男は肩に腕を乗せてきて赤い瞳を細める。それより鈍い赤色をした舌が唇をなめずるのが鏡面に映った。
似合うな。うれしそうに言う。どこがだ、派手すぎる。たまにはいいんじゃねえの。こういうものはだな。こういうものは? ……似合わない、私には。
鏡に映る自分は自分ではない。何かの意匠をこらしたらしい服は自分には似合わない。脱いでしまいたくなる。
男がいる、だとか、そういったことは関係ない。自分にはふさわしくないと。男に初めて愛していると告げられたときと同じ気持ちが、心の奥からふと蘇った。
分不相応にこんな服を着て。自分は一体なにを、
散った火花に目を白黒させた。額に容赦なくぶつかってきた男の額。気づけば両肩に手を置かれて向かい合わせになっていた。ぐりぐりと押し付けられる額。それなりに痛かったので抗議を唱えようとすると口をふさがれる。二度目だ。唇は乾いていたが内部は湿っていた。侵入する舌。唾液の味。合わさって離れた隙に空気を求める。上唇と下唇が糸でつながれる。と、すぐさまそれは切断されてしまう。
ぶつかってきた男の唇で。
怒っている。ぼんやりそう思った。それも自分がこんな、
だからとか思ってんじゃねえぞこの野郎。続きを奪って男は睨んでくる。それは獣を連想させる。だが同時に拗ねた子供を連想させる、矛盾した顔、まなざしだった。唇は光って濡れていた。自分のそれも、きっと同じだ。
自覚すると体温が上がった。己ながら、鈍い。
いいかおまえはオレに愛されてる。
男は言う、言い聞かせるように、自信たっぷりに。赤い瞳。動きを縛る。体と心の両方を。
だから自分を卑下すんじゃねえ。それはオレを馬鹿にすることになる。わかるか? わかったなら首を縦に触れよ。
反射的に縦に振る。繰り返し。
オレはおまえを愛してる、そのなそれはもう、愛してるんだよ、わかるか、わかったから、だから、いやわかってねえな、わかっているというのに!
声を荒げてはっとする。次の瞬間に男が、濡れた唇でゆっくりと。
わかってんなら、それでいい。


―――――。
やられた。


だけれど、まだこの格好で外に出るのだけは色々とあってできそうにない。



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