素肌が欲しいと言うから、衣服をすべて脱ぎさって抱きあった。敷布は乱れて皺だらけ。それほど、激しい情交だった。
ほとんどは喘いでいた、みっともないが事実だったと思う。思う……とどこか他人事なのは、熱さと心地好さに夢中だったせいで正直、よく覚えていないからだ。
喘ぐほかには、名前を呼んでいたと思う。意味を成さない喘ぎか、背後から覆い被さる男の名前を呼ぶか。
後ろからしてくれ、と。二度目を越してからはひどく恥ずかしいことを言ったような気がする。久々の行為でねじが一本や二本は飛んでいたのかもしれない。自分も、素肌の感触が愛しかったから。
それと、心臓の鼓動。駆け足のそれがやけに愛しくて、崩れ落ちる寸前まで感じ入っていたいと思うほどに偏執的に執着していた。
重なりあって荒い息をつき、霞んだ目で闇を見やる。満たされ、けれど何かを求めるよう伸ばした手に重ねられた手は熱く、それだけでふたたび飢えを湧き上がらせるかのようで。
は、あ。
知らず、泣きだしそうな呼気がこぼれた。
壊れてしまう。
こんなに満たされているのに、また注がれたら、いっぱいになって溢れてしまう。
こわれてしまうのがこわい。
子供のように恐れ、名を呼んだ。欲しいくせに欲しくないとかぶりを振った。ただ欲しかった、欲しくなかった。わからなかった、自分が。
手は戦場で救いを求める負傷者のようにめいいっぱいに伸ばされ、指先一本一本までがぴんと弦のようにはりつめた。
伏したのが敷布の上ではなく、コンクリートの上ならば血が出るほど爪を立ててあがいていただろう。やわらかな布の上では衝動を外へ逃がすこともままならない。
恐ろしくなって名前を呼んだ。何度も呼んだ。
覆い被さった体が少し浮いて、長い髪が背に触れた。困ったような気配を感じ取ったかと思うと耳元に唇がよせられていて、なにかを、ささやかれた。
何を。
わからない。
覚えていない。愚かなことに。
それほどに熱に浮かされていた。ぞっとするほど。
覚えていないのに、笑ったことだけは覚えている。体の緊張がほぐれて自分を包む闇はただの夜の闇になった。重かった心は、軽やかにほどけていった。
そうして求めた。満たされた中に、また満たしてほしいと思った。求めた。何度目かわからない。それでも微笑んで。
衝撃が体を貫いて、そして。


月明かりがやけにまぶしい。夜の闇にまぎれて行った後ろ暗い情事を暴き立てるようだ。
少しのあいだ飛んでいたらしい意識が浮上する。―――――と同時に、体が反射的にびくりと震えた。
目を見開いて異常を探る。神経を尖らせたとたんに息を呑んだ。
(こ、の)
たわけが、と唸る。よりによってこの男は自分の内に己をおさめたまま寝入ってしまった。自分を背中から抱きこむようにして。
自分だってあれほど求めたのだ。後始末までは望まない、それほどに淫らに乱れたのだから。しかし、そのまま寝入ってしまうなどと、そこまでの堕落は許されないだろう?
無防備なうなじを寝息がくすぐる。背中に押し当てられた体温とその安らかな寝息に煩悶しながら、なんとかしようと試みた。
行儀悪く舌打ちをして身を捩る。
「…………ッ」
内にある熱に、すでにそれほどの硬度はない。だから、なんとかしようとすれば出来るはずなのだ。体を揺する。
そうだ、もう激情は薄れて遠くに消え去った。あのときのように手を伸ばそうとも届かない。あるのは安穏と、苛立ちと羞恥ばかり。
なのに、どうして、
「あ……―――――」
おかしな、声が出るのか。
痺れる。ずっとこのまま挿れておきたいと欲している。いやだ、抜きたくない、ずっと、と奥底で訴えるものがある。そんなことはおかしい、考えてはいけない、だってあまりにも淫らすぎるではないか。
そう思うのだが体は懸命に訴えて、背筋は電流を流されつづけているように甘く痺れ、上手く手足が動かない。
腰なんてもうどうにもならなくて、抜けているのだと言われたほうがまだ安心できた。
「ば、か、」
口にしながらぼんやり考える。
自分は一体誰を罵倒しているのだろうか。
「馬鹿、者、が―――――ぁ……っ!」
開く感覚がした。どろりと中を満たしていた白濁が肌を伝って溢れだす。
滑った。中程まで抜けかかっていた熱が、引き戻されるように内に入っていってしまう。緩慢なその動きに淡く嬌声が漏れた。
う、と小さく呻く。目をぎゅっと閉じて、背筋をぞわぞわと駆け登る快感に耐えた。上半身と下半身、心臓と内。異なる二点がどくどくと音を立てて脈打っている。
つながれた手が、とても熱い。
離せ、と怒ってみる。懇願してみる。だが、硬くつながれた手はほどけない。
……その手は、自分が放ったそれと相手が放ったそれで、ぬるぬると濡れているのに。


―――――寝息は安らかだ。
「……、は、」
そろそろとまぶたを開く。そうして、なんとか形になる程度のため息は、つけた。
もうあきらめよう。どうしようもない。こんなに硬く“つながれ”たら。
離れられない。
素肌の感触が愛しい。鼓動が愛しい。できるならば、ひとつに溶けあってしまいたい。つながっていることなど気にならないほどひとつに。
なって、しまえたら。
いい。
それでいい。
それがいい。


シーツを握りしめていた手をふわりとほどくと、その鍛えられた胸に肘鉄を一撃食らわせて、今夜は眠ることにした。



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