「下ろせ! 下ろさんかランサー!」
「だが断る。……ただでさえオレの方が速いんだ、怪我してるおまえなんか放っておけるかよ」
路地裏を走る騒がしいふたりの男たち。いや、語弊があるだろうか。走っているのはひとりだけで、もうひとりはそれに担がれている。褐色の顔を赤く染めてらしくなくぎゃあぎゃあと騒いでいた。
時は少し遡る。


「命知らずがやってきたな」
「ああ。やっちまうか?」
「気が向かんが、襲ってくるのだから致し方ない」
「なに言ってんだ。嬉しそうな顔しやがって」
ふ、と笑う槍兵。クラス名、ランサー。背中合わせで笑うのは弓兵、アーチャーである。互いに槍と夫婦剣を手にし周囲を囲む敵たちに余裕の表情を見せている。
アーチャーは眉間に皺を寄せると物騒に笑った。
「そう見えるかね」
「見えるさ。今にもイッちまいそうな顔してるぜ」
「やめてくれ、人聞きの悪い。……否定はしないが」
おーおー、とランサーは思わず肩に魔槍を担ぐとまぶしそうに目を細めた。余裕から一転、呆れた表情だ。
「溜まってたのか」
「いちいち人聞きの悪い。……否定はしないが」
「…………よっぽどだったんだな」
片足でふくらはぎを掻く。
「よし。八:二で行くか。辛かったら言えよ?」
「冗談を」
ぎらりと鋼色の瞳と夫婦剣が輝く。ランサーは嘆息した。ぞっとしねえな、と口の中だけでもごもごとつぶやく。こんなに興奮したアーチャーはなんというか、新鮮というか初体験というか。ベッドの上でもこんなになったことはなかったんじゃないだろうかと思うと少しだけ傷つく男のプライド。
はあ。
「よし、行け。存分に憂さ晴らししてこい」
「言われなくとも!」
アーチャーは吠えた。そして、敵の群れへ向かって飛んだ。


「でー? 言われなくともどうしたってー?」
「う、うるさい! 少し目測を誤っただけで」
「惜しかったよな、あと三人だったのにな。まああれだけぎらぎらしてりゃ後ろの気配も気づかねえわな、そりゃ」
「うるさいと言っているだろう!」
赤い概念武装は深く切り裂かれ、アーチャーの太腿からとめどなく流れつづける血はランサーの青い概念武装をどす黒く汚していた。
まあそんなことを気にする二人でもない。あいもかわらずぎゃあぎゃあと騒ぎながら走る。今は痴話喧嘩という名の口喧嘩に夢中だったのだ。
アーチャーを担いだまま後ろ回し蹴りで一人を沈めると、ランサーは足をばたばたと動かし始めたアーチャーにわざとらしくたずねる。
「おまえ、空の上でも泳ぐつもりか? バタ足でどこまで行きてえんだ?」
「下ろしてほしいのだよ!」
「馬鹿野郎。そんなえぐい傷跡つけてなに言ってやがる。そいつはなかなか治らねえぞ、なんてったって一級の呪いがかかってるみてえだからな」
そもそもそんなに暴れたら足もげるぞ、と言ってランサーは速度を上げた。早く治療をしなければと思う。サーヴァントの治癒力でも、その傷は危険だった。ランサーはその足を愛しているのだから、無茶はやめてほしいと思う。舌でゆっくり舐め上げたり、筋肉のついた部分の感触を堪能することができなくなるのは惜しい。非常に、惜しい。
と、ランサーは思いついた。
「―――――ッ!」
暴れていたアーチャーが喉を詰まらせたような声を上げる。ランサーは澄ました顔で走りつづけた。
「あ? どうした? 急におとなしくなって」
「き……貴様! こんな、ときにっ、なにを考え……っ!」
「なに言ってんだ。オレはただな、おまえのことを心配して」
「もっともらしいことを言いながら揉むな、たわけ!」
「どこを?」
言いながらランサーは手を動かす。そのたびにびくん、びくん、とアーチャーが体を震わせる。さてどこでしょうー、とふざけた口調で重ねてたずねるランサーに、たわけ!と叫ぶ声。
「いいじゃねえか、無傷のところだろ? 痛くねえだろ。むしろ気持ちい」
「……いわけあるか! ―――――っあ!」
「ほら、いいんじゃねえか」
「驚声と嬌声とを勘違いするな!」
「感じてんだろ、なんにしてもよ」
「そんなことはどうでもいい……っあっ、ラン、サ、貴様このままっ、敵前逃亡する気か……あぁっ!」
「ああ」
だらだらと流れる血はランサーの白い手までも汚す。片手でアーチャーを支えたまま、その血を舐め取って喉を鳴らし、熱い息を吐いて舌なめずりをするとランサーは言った。
「あとでお礼も兼ねて殺しに行ってやるさ。だからここはおとなしく逃げておこうぜ」
その声があまりに冷えていたのと、正反対に情熱的に動く手にアーチャーは黙した。ぐ、と唇を噛む。
「了解した……!」
「いい子だ」
顔は覚えたからな、と言うとランサーはさらに速度を上げる。アーチャーはぎゅう、とその身にしがみついた。
息が荒く、顔は赤い。治療が無事に終わっても、その後が無事に済むとは思えないある夜の出来事だった。



back.