普通では存在しない空の色。
その下には、三騎のサーヴァントがいた。


「…………」
鋭い目で己の前にいる“敵”を見すえ、仁王立ちする赤い弓兵。
「…………」
一方、得体の知れない笑みを浮かべて、それを見返す黒い弓兵。
そして。
「……………………」
ちょうど中間に冷や汗を垂らし顔まで青くしてもっと全身的に青色になった、槍兵。以上がこの“戦争”の参加メンバーだ。


「……って、戦争ってなんだよオイ!?」
「槍兵戦争だよランサー。君を巡って私と、そっちの私が戦う。まあ勝利するのはこの私だが?」
叫んだ槍兵に向かい、艶然と、優しく微笑む黒い弓兵。金色の瞳は完全に蕩けている。とろとろだ。紋様が這う青白い顔の頬はわずかに赤らんでいて、その頬に手を当てて黒い弓兵は陶酔したようにつぶやく。
「私は君を愛している。心から愛している。だから私が負けるはずはない。愛しているよ、ランサー」
ぞぞぞぞぞ。
蛇に睨まれた蛙状態。
鳥肌を立て、思わず全身を舐め回すかのごとく見つめてくる金色の瞳から逃れようとする槍兵だがこの固有結界からは簡単には脱出することは出来ない。真っ二つに分かれた存在であるが故に根本からして同じな弓兵たちが展開したフィールドは一種の特異点。
いくら神であろうとそれに干渉することは難しいだろう。
だとか。
小難しく言ってみたけれど、簡単に言えば“厄介なので神様も手出ししません”とかそういう類いの特異点なのだ。
「ランサー……」
「見るなっ! 見んじゃねえっ…………いやっ! そんな目で見ないでえっ!!」
勇ましく叫んだ槍兵だったが、うっとりと見つめてくる視線にすぐさま降伏して両腕で己の体を抱き、甲高い悲鳴を上げる。そりゃあ、そうだろう。なにしろ全身タイ―――――いや、ぴっちりとした概念武装を貫く勢いで見つめられているのである。キャラに似合わない声だって上げる。
そんな一部始終を無言で見ていた赤い弓兵のこぶしが強く握りこまれる。びきびき、みしみし、なんて音が聞こえた。
額に浮き出た青筋。血管はすでに切れそうだ。シグナル・レッド。ワーニングワーニング。
「黙れたわけが!!」
空間を切り裂く勢いで発せられた怒声に、未だ恍惚状態で槍兵を見つめていた黒い弓兵と見つめられて半泣きだった槍兵が反応する。
「貴様は、放っておけばいい気になって……」
ぐっ、と内側にさらにこぶしが握りこまれた。傍から見ていればどんどんどんどんゲージが上がっていくのがわかる。
何のゲージかって?
「―――――ッ、この、色情狂! 色狂い! 要・入院患者! 貴様のような存在はこの世にあっていいものではない! 駆逐だ! ああ、そうだそうだとも駆逐してやる! 衛宮士郎などより貴様を先に抹殺してやる! 私の心の平穏のために消えろ! それと……ランサーはっ、私のものだっ!」
こんな感じで。
怒りゲージマックスとか、リミットブレイクとか、そういった風にとらえていただければ。
「アーチャー……!」
「仮にも己の一部である存在に向かってよくそこまで言えるものだ」
「黙れ! 貴様が私の一部などであるものか! 貴様は贋作だ、贋作者である私よりもさらに数段階上のレベルのフェイカーだ!」
「やれやれ……」
長くため息をつくと、黒い弓兵は目を閉じた。普段はそっけない赤い弓兵のツンデレアピールに目を潤ませている槍兵は全身を舐め回すような視線から解放されて見えない尾をちぎれんばかりに振っている。
「沸点の低い男だ。そんなことではランサーに嫌われてしまうぞ?」
「いやオレはおまえの方を最初から嫌っ」
「私ならそのような事態になったらランサーと一緒に死ぬがな」
「なんでオレが巻き添えだ!?」
「大丈夫だ、たとえ天国と地獄に引き離されようとも私はランサーを見つけてみせる。神を手にかけようとも鬼を足蹴にしようとも必ず君を見つけてみせよう、ランサー」
そして来世でしあわせになろう?
どこまでも澄んだ瞳でそう振ってきた黒い弓兵に槍兵は戦慄する。それもそうだ。今でさえ超弩級のヤンデレなのに、その上に前世での因縁などが絡んだらどこまでややこしいか。あなたはわたしのこいびとです、前世でも来世でもそして……この世界でも。
「うああああああ」
想像してのたうち回る槍兵。
それを放置して、赤い弓兵と黒い弓兵は睨みあう。
「貴様にランサーは渡さん」
「それは、私のセリフだよ」
空が割れ、稲妻が落ちた―――――とご想像ください。※現実にはなんら変化はありません。
赤い弓兵は剣を取る。その切っ先と同じく鋭い鋼色が黒い弓兵をとらえた。
黒い弓兵はうっすらとそれに笑みを浮かべ、
「なっ」
「え?」
己の武器を、手に取った。
「って、何を考えているんだ貴様は―――――!?」
黒い弓兵が持ちだしたのはカッターナイフだった。赤い弓兵が手にした名剣に比べればあまりにも見劣りする。
だがその刃をちきちきちき、と押しだして、黒い弓兵は自信たっぷりに笑ってみせる。
「これが私の武器だ。文句があるのか?」
「あるに決まっているだろう! なんだその脆弱な武器は! 私を馬鹿にしているのか!?」
「いいや? 馬鹿になどしていないさ。あくまでも私は私自身にぴったりな武器を手にしているのだから」
そう言ってカッターナイフをちきちきちき。呆然としていた赤い弓兵はすぐに我に返り、剣を振りかざし黒い弓兵に斬りかかっていこうとする。
「待てアーチャー!」
それを止めたのは……
「ランサー!?」
「行くな! 行くんじゃねえ、アーチャー!」
「何故だ、何故止める!? 私はあのたわけを処分せねばならんのだ! ……私と君の、未来のため……に」
最後の方は顔を真っ赤にしてぼそぼそとつぶやいた赤い弓兵だったが、その体からは殺気が四方八方に発せられている。
穏やかでないことこの上ない。
喜んでいいのかそうでないのか、複雑な気持ちになりながらも槍兵は必死に赤い弓兵を押しとどめる。そして、叫んだ。
「オレの勘が告げてやがる。あの武器は……半端じゃねえ」
ちきちきちきちき。
一瞬虚を突かれたかのような表情になった赤い弓兵は、その音を聞いて再度視線を黒い弓兵に向ける。
黒い弓兵はそれに答えるかのごとく薄く笑って、自らの周囲に突き刺さったものを示してみせた。
「そうとも。どんな英雄が取った名剣であろうと私の所有する武器には敵わない。見てみるがいい、私の愛の形を―――――!」
高揚した声音で言って、黒い弓兵が示してみせた先には、
出刃包丁。
斧。
鉈。
先の尖った鉛筆。
コンパス。
ハサミ。
画鋲。
……以下略。
「…………」
「…………」
「恐ろしくて声も出ないだろう」
「……っそんなはずがあるかこのたわけが! どうやらなます切りにされたいようだな……!」
「待て! 待てってアーチャー! オレは見たんだ! この前坊主に借りた本で読んでな、ああいうのがああいったなんだ、ヤンデレとかいう奴にはどんな神器にも勝ると」
「衛宮士郎おおおおお!!」


コロス―――――、コロス―――――、コロス―――――、と裏返った声が辺りにこだましていった。
ちなみに本の所有者は衛宮士郎ではなく、彼は無理矢理に友人に貸されたのだとフォローだけはしておこう。



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