「…………」
「…………」
「士郎、クレヨン持ってきて。なかったらポスカ」
「人の顔じっと見た挙句にその結論はなんなんだ嬢ちゃん」
クレヨン?あったかなあなかったと思うけどなあ……。
髪をくしゃくしゃ乱しながら立ち上がった士郎は首をひねりひねり歩いていく。おいちょっと待て坊主、おまえはおまえで素直に探しに行くな。ちょっとは言いつけられたことを拒む精神を持て。
「んー? あ、なんでもないのよ。あんたはそのまま座っててちょうだい。……すぐ終わるから」
「そんな笑顔でなんでもないわけあるか。つかめっちゃいい笑顔だな! 思わず惚れそうになるからやめてくれ」
「冗談言わないで、あんたが惚れるのはアーチャーひとりだけでしょう?」
「おうよ」
「……む・か・つ・く」
ライトに瞳で殺人宣言。死になさいと吐き捨てて凛は士郎が持ってきた文房具入れを漁った。
「チッ。水性しかないじゃないの、シケてるわね」
「なにそれ。油性だとレートが高いとかそんなのあるんですか、ていうかなあ嬢ちゃん聞こうぜ、オレの話」
「聞く耳持たず」
口でキャップを開ける。男前だ。嬢ちゃんなのに。
ランサーはそこまで考えて自分の予感が当たっていたことを知る。やめ、ちょい待て、アッ―――――。
「変な声出してるんじゃないわよ。英雄でしょ」
「いや出すだろ! なんだよなんでそんないい笑顔でオレの顔つかんでアイアンクローという名の愛撫を施すんだよ嬢ちゃん。いてえよ本気いてえってやめてくれって、アーチャー助けて! 助けてアーチャー!」
「うるさいわね静かにしてなさい。アーチャーは来ないわ。だってついさっき買い物に行ったばっかりだもの、ねえ士郎?」
「ん? あーうん」
「マジかよていうか、マジでえー。なんでオレのこと誘ってくれないんだよ、ていうかマジでやめろってば嬢ちゃん! 笑顔で刺激臭のするペン先を近づけてくんな!」
「というか、なにやってるんだ? 遠坂」
「婿いびり」
「そっか」
「納得すんな! ていうか姑!?」
「わたしのアーチャーを出来婚よろしく奪っていったくせになにわめいてるの。手塩にかけて花よ蝶よと育ててきたのにふざけてるわ」
「そうなのか遠坂!」
「んなわけないだろうが坊主! おまえ実は馬鹿だろ、なあ馬鹿だろ! バーカバーカバーカ!」
「ええ、士郎はとおっても馬鹿! だけどそこがかわいいでしょ?」
サーヴァントと取っ組み合ってまともに力関係を拮抗させる魔術師の少女。顔には華やいだ笑みを浮かべつつも額には青筋、自分よりもがたいもよく身長の高い成人男性型最速サーヴァント相手にひるみもしない。
それが遠坂凛。
わたしのアーチャーわたしのアーチャーと呪文のようにつぶやいて凛はランサーを睨みつける。宝石のごとくきらめく瞳は指先から放たれる呪いの弾丸より的確に敵をとらえた。
「馬鹿言うなよ嬢ちゃん。オレがかわいいと思うのはアーチャーだけだぜ」
「知ってるわ。そんなことに脳の容量を裂くのはとってもわずらわしいけど」
「そうかい、なら毎日教えてやらあ。無駄な記憶がその素敵な灰色の脳細胞を占拠していく恐怖を味わえ!」
「お断りよこの駄犬!」
「ええっと、ふたりとももしかして……喧嘩してるのか?」
「してねえよ」
「してないわ」
「そっか」
「だから納得すんな!」
「あなたのそういうところ大好きよ! 士郎」
「え……その、サンキュ、遠坂」
「照れるな!!」
声がふたつそろう。
凛とランサーは視線を交わし、ふたたび腕力での戦いが始まる。だからなんでサーヴァントと魔術師が。拮抗できるのか。凛は何故蛍光イエローのペンを力強く握りしめているのか。わからない。
「わからなければ教えてあげる、あんたのその青い髪と赤い目! 正直信号カラーよね?って誰もが思ってるはず。だからそこに黄色を付け足してあげようとしたのよ、どう、わかった!?」
「全然わからねえ!」
「平たく言えばやつあたりよ!」
「また直球で来たなおい!」
「その白い肌全部蛍光イエローで染めてあげる! 今夜褥でアーチャーに隅から隅まで確認されてがっかりされるといいんだわ!」
そんな間抜けなことは勘弁願いたい。
ランサーは瞬時に思った。そもそも蛍光ペンなんて暗闇では光ってしまうじゃないか。いつも「明かりを消してくれ……」と恥らうアーチャーなのに、ランサー自身が発光していれば警戒して近づいてもこないだろう。それは。それは嫌だ。
「きゃっ」
えいとばかりに発奮して逆転を狙えば凛はあっさり畳に倒れてペンを手放した。
ようしいい子だ嬢ちゃん、と無駄に低くかすれた声でつぶやいてその凶器(に、してはしょぼすぎるが)を奪い取ろうとしたランサーは自分に突き刺さった視線に気づく。


「凛になにをしているんだ」


アーチャーだった。


「あ、え、これは、その……帰り早かったんだな? アーチャー」
「おかげさまで。それで、凛になにをしているんだ」
「だから、その」
「凛になにをしているんだ」
「…………」
「助けてアーチャー! ランサーが突然、あんたとの仲が壊れるんじゃないかって不安がっておまじないを始めて! “満月の日の太陽の光に一時間当てたコップ一杯の水を一気飲みする”をクリアした後“リップクリームに好きな相手の真名を彫って使いきる”をやり遂げそれから“紙に好きな相手の真名を百回蛍光イエローのペンで書く”に挑んだはいいが書くスペースがなくなってどうしようかと悩んだ挙句に思いつめてわたしの体を紙代わりにしようと襲いかかってきて!」
「思いつきでよくそこまですらすら嘘が出てくるな嬢ちゃんよ!」
「そうか」
「そうか!?」
「助けてアーチャー!」


わっと泣きながらアーチャーの胸に飛びこんでいく凛、微笑みを浮かべそれを受け入れるアーチャー。
慈母のごとくやわらかであたたかい笑みは見る者の心を和ませるだろう。
思わずほっとランサーが和んでしまったとき、それは発せられた。


「……I am bone of my sword」


黄色は危険。



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