奴が変なことを言いだした。
「私は朽ちていく」
春の日。庭でセイバーやイリヤスフィールの嬢ちゃんがはしゃぐ声がする中で、ぽつりと。
居間にはオレと奴しかいなくて、たぶんだからそれはオレに言ったのだと思う。
「―――――」
一瞬黙ってから、息を止めて。オレは言った。
「なんだ、突然」
「前々からずっと言おうと思っていたのだが。……いや。思いの他この世が楽しくてな。未練がましいものだよ」
「そんなこと聞いてるんじゃねえ。“朽ちていく”ってのはなんだ、って聞いてるんだ」
甲高い笑い声がする。ひなたはあたたかく、日差しは飴色だ。平和ってのはこういうことを指して言うんだろう。
平和ボケした空気の中で奴は、アーチャーは、笑った。
苦笑するように。
「そのままの意味だよ、ランサー」
手を差しだした。奥まった温い暗がりから伸ばされた褐色の指先。少し迷って、指先に指先を絡め、
「……わかるだろう?」
きゅう、と世界が狭まっていく感覚。“まるで、平常でまっとうな死体のように”その指先は冷たかった。
ぬくもりなど皆無だった。
「おまえ」
丸く整えられた爪はさながら鉱石で。
「いつから、こんなことに」
気づかなかった。
「前々からだと言っただろう?」
わからない。前々とはいつだ。冬か?秋か?それとも夏?
春ではない。春は、芽吹く季節だ。生まれることがありはするが、朽ちていくことはないだろう。
そうだ。生まれていく季節なのに。
どうして終わるのか。
「散っていく花もあるだろうよ、ランサー」
いつしかオレたちは外に出ていて。セイバーやイリヤスフィールやリン嬢ちゃんやらがまわりを明るく取り囲んでいた。笑いさんざめく声。
立ち尽くすオレの指先に指先を絡めたままで、アーチャーはふわりと笑う。
「春は確かに誕生の季節だ。生命の源。命の営み。けれどその中で散っていくものがいるのもまた事実だ。それが私だっただけで」
何も悪くはない、とつぶやき、あくまでも笑う。
「……馬鹿な」
だってほら、こんなにも陽光はまぶしいじゃないか。土はやわらかくて、水は流れる。
だってほら、
「え」
絡めた指先が空を切る。蝶の羽音のようにささやかな音を立てて、アーチャーの指先はほころんで崩れていった。
花びらが舞う。薄紅色の花びら。
見れば胴体からばらばらになって花弁になり透け始めていて、それなのに笑っている。
「私は咲いた」
君の手によって。散らばっていく両手を広げて、穏やかに告げる。
「君の手によって満たされて、そして終わりを迎えた。それだけのことだ。当たり前のことだよランサー」
つかもうとした手首はすでにない。
顔の見えない影が笑いさんざめく。
少女たちに囲まれたアーチャーは幸福そうに目を細めて


「―――――」


「ランサー?」
怪訝そうな声がする。陽がよく当たる縁側は昼寝に最適な心地よさだ。
黒いスラックスはいつもどおりゆったりとしている。その余った布地を、オレはつかんでいた。
「ランサー、一体」
引き止められた奴は不満を訴えてくる。それにかまわないで陽のよく当たる縁側に縛りつけて、抱えこんで放さなかった。
「……悪い夢を見た気がする」
つぶやいた声は自分でもわかるくらいにふてくされた子供みたいで、みっともないことこの上なかったが仕方ない。
「私たちは夢を見ないだろう」
「ああそうだな。だけど、これだけのもんが咲き誇ってんだ。……惑わされたって、おかしかねえよ」
見上げた空は馬鹿らしくなるくらい青く澄んでいる。澄んでいる空からちらちらと降ってくるもの。
嘲笑うようにゆっくりゆっくり落ちてきた薄紅色の花弁は、地面に落ちてさながら雪景色のようだった。
「おかしかねえ」



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