目が見えなくなったらしい。
一体またなんでいきなり、と思うが理由がさっぱりわからない。マスターである嬢ちゃんも首をかしげるばかりだ。「困るわ」つぶやく。きれいな眉を寄せて心配した様子だ。「困るわ、すごく。困るのよ」繰り返す。こりゃよっぽど頼られているのだと思うと、
「これじゃ家事も頼めないじゃない。紅茶が飲めないなんて致命的だわ」
――――。
頼られてはいるんだろう。ある意味。
坊主でさえ心配した。でさえ、というのはおかしいか。坊主はガキだが大人だ。意地を張らない。余計な意地を。
あれが意地を張るから坊主も反発するという、簡単な公式。
ただ基本的に相性がよくないのだと認識している輩もいるが、それは大いに違うのだ。
そんな坊主がやはり眉を寄せて「大丈夫なのか」と言う。そうして、「とりあえず台所には進入禁止な。包丁とかあるし、危ないだろ」
うん。
それはもっともだな、坊主。
だが英霊に包丁が危険だとか微妙に逆撫でするところが、やっぱり喧嘩売ってるんじゃねえのかって感じだからな。
包丁で傷つく英霊って。
セイバーの反応は劇的だった。「な――――アーチャー! 目が見えなくなったとは本当ですか!?」声を荒げて……違うか、焦って?どうだろう。塩梅が難しい。とにかく慌てていた。風王結界を常に解放しているような気迫でちゃぶ台をばん、とてのひらで叩き、


「それでは……それでは、先日作ってくれると約束した杏のタルトレットは……ッ!!」


目を開けているとまぎらわしいというので最近は常にまぶたを閉じている。気配を察して歩けないこともないそうだ、が、やはり危険だとまわりが止める。私は大丈夫だというのに。拗ねたように言うから、大丈夫じゃねえだろう、と返した。
するとまぶたを閉じたまま憮然とした顔で唇を尖らせたから、この野郎はかわいいなキスしてやろうか、と思った。キス待ち顔なんじゃねえのか、と。
「とりあえず、オレぁお前が心配だ。だからこの家の中を歩くときだけでいい、手を引かせてくれ」
「家の中だけと言いつつ……君たちは全員そろって私をこの家から出すつもりはないんだろう……?」
「そりゃもちろん決まってる」
何を馬鹿なことを言い出すのだと、言ってやればまた唇を尖らせた。狙ってるのか。狙ってやってるのか。本当にしてやるぞ。次はする。
心なしかちゅー(笑)の格好に唇を作りつつ答えてみるとまったく……などとぶつぶつつぶやいていた。
「家事もするなと言われ、外にも出るなと言われ。まったく、私は箱入り娘かね」
「そんなもんだろ? 実際。心は硝子とか自称して触れ回ってるくせに何を今さら」
「そ、それは」
「んん?」
何なんだ、たずねてみると露骨に顔を逸らす。お前見えてるんじゃないだろうな、というくらい的確に。
空気を読んだのかもしれない。そういう術には長けてる奴だから。だけど、空気を読むのならもっと上手く読むべきだな。何事もさらっとかわすくらいがちょうどいいんだ、きっと。
つまりオレみたいなのが、な。
「ま、おはようからおやすみまでオレが見守ってやるから安心しろ。な?」
「なっ……」
言って、奴はフリーズした。ほら。こういうところが上手くない。だからオレは気を回してからかうように、
「ん? 現世ではそう言うんだろ? 聖杯からそう聞いてるが」
「……間違った知識だ! 今すぐ削除したまえ!」
なんで委員長口調だよ。
箱入り娘で委員長ってどれだけ萌え属性搭載すれば気が済むんだよお前は。
そう思ったけども言わないでおいた。言ったら間違いなく殺人事件が勃発する。被害者はオレ。加害者は目の前の奴。目が見えないってことで少しは叙情酌量されるかもしれないが、この状況でオレが死んだら間違いなく奴が犯人だろう。誰でもそう思う。
「大体だな、おはようからおやすみなどと! 私たちはサーヴァントだ、睡眠など必要な」
「い、とか言うなよ。セイバーから始まってオレ、キャスター、ライダーたちとみんなみんな睡眠摂ってんだぜ? 大事だってマジで」
ていうか生活リズム崩すから、徹夜とかやめろよな。
真っ当な反論をしてやれば、言葉に詰まって何かしら呻いていた。サーヴァントにも、睡眠って大事。一緒に暮らす連中と話は合わないし、第一、体のバランス崩すぜ。
「ていうかだな」
お前の目が見えなくなったのもそれが原因じゃねえの?


「…………」


絶句、していた。
それには思い至らなかったという感じで。
「よしよし、そっか。そんじゃ、これから一緒に寝るか!」
「は!? どうしてそういう話になるのだね! ……こら! ランサー!」
「ほらほら、手ェ繋げって。転んだりしたら危ねえだろが」
「ランサー!」
はてさて、それが理由かどうかは知る由もねえが。あの侍野郎だって睡眠は摂ってねえわけだし。
でもまあ、役得役得。
「よし、手ェ回したな? 連結だ。がしゃーん」
「“がしゃーん”ではない! ランサー……ランサー!」


だから、そういうところがいちいちかわいいっつってんのに。



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