だって仕方ないじゃないか。
そうしたかったんだから。どんなに馬鹿なことと言われたって、思われたってこの俺がそう思ったんだ。この俺が、思った。
もうそれだけで俺にとっては充分な理由だ。


「―――――何か用か?」
衛宮士郎、と名を呼ぶ弓兵の声は相変わらず冷たい。だが気にせずに握ったままの手に力をこめた。これは鎖で楔で枷だ。
ひどいことをする気は毛頭ないけれど、きっとひどいことになるんだろうと思う。これから始まることで、きっとアーチャーは傷つく。だけどそれがどうした。
傷ついたら癒してやればいい話じゃないか。そんなことって笑われるんだろうけど、だったらこっちだって笑い返してやる。練習したんだ。上手く笑うの。おまえみたいに嫌味に笑ってあらゆる言葉を奪ってやる。
そんな風に笑うなって。言われたら、とびっきり優しい顔で笑ってやる。なんでも言うとおりにしてやるけど、この手は離さないし俺の理由も譲らない。
だって絶対に間違ってなんかないんだから。
「なあアーチャー」
「だから何だと言っている。……用がないならこの手を離さないか」
「やだ。用があるからこうやって手、握ってるんだろ」
「気持ちが悪い」
「あ、ひどいな」
「では言い直すか。……おまえの体温が気持ちが悪い」
嘘つけ。
他人の体温ならどれだって怖いくせに。そのくせ、欲しくて欲しくってたまらないくせに。
知ってるぞ。俺、知ってるんだからな。
誰の手だって欲しいくせに怖くて、いらないって言う。怒ってわめいて手を離されて、安心してそして泣くんだ。
ああ、馬鹿だ。馬鹿だな、こいつ。
本当に馬鹿だ。
内心で三回も馬鹿と言ってやるとそれが聞こえたのか、アーチャーは眉間の皺を深くする。
この、地獄耳め。
「手を離せ、衛宮士郎」
「いいから俺の話を聞けよ。そうしたら離してやるから」
「私がそんなことをする理由がどこに?」
「ないよな。でも、聞けよ」
「……馬鹿か、貴様は」
いや、馬鹿だったな。
さっきの自分と同じ言葉を言うのに、思わず噴きだす。と、アーチャーは鋼色のまなこをぐるんと丸くした。
そうすると幼さが際立つ。俺と、似てくる。
「なにを笑っている」
「さあ? 教えてやらない」
「では聞かないことにしてやる」
「あ、なんだよその上から目線」
駄目だぞ。
今日は俺が上からおまえを見てやるんだからな。
「なあアーチャー」
「…………」
「聞かなくてもいいけど聞けよな。俺は」
息を吸って、吐いた。


「俺の全存在をかけて、おまえを肯定してやる」


息を呑む音が聞こえた。
「―――――は?」
「言葉の通りだよ。……ほら」
握った手に力をこめる。反射的にアーチャーは身を引こうとしたが、上手く逃げられず舌打ちをする。
ちっという何気ない音が妙に扇情的だ。
かすかに怯えたようなまなざしも。一生懸命に身を引こうとする大柄な体も。
「全部まるごと。俺の全存在をかけておまえを肯定してやる。いいか? おまえ自身が否定したってだめなんだからな」
「なにを考えている? 衛宮士郎」
「おまえのこと全部」
「貴様に知られるなど不快でならん。忘れろ。……消えてしまえ」
ずっとそうしたかったとつぶやく。それに首を振った。
「いやだ」
抱きしめたら泣くかな、と思ったからやらなかった。
ただ握る手に力をこめる。
「俺は消えないし、おまえが消えるのも許さない。何しろ俺の全存在をかけて、俺のすべてをかけて、俺の一生をかけて、おまえを肯定し続けてやるんだから。負けるもんか。俺は、おまえに絶対に勝ってやる」
「勝ち負けの問題か、たわけが!」
「単純化してやった方がおまえも安心するだろ」
一か零か。
あるかなしか。
生きるか死ぬか。
殺すか、死ぬか。
なあ、そうだろ?
「おまえ、複雑みたいで妙に単純なんだよな」
喉の奥で笑ってやる。と、自由な方の手で頬を平手打ちされた。小気味いい音が耳元で鳴る。
「貴様に言われたくないわ……!」
「あれ。泣くのか?」
「誰が!」
「おまえ」
いいぜ、泣いても。とささやく。
「おまえがそうしたいなら、俺がずっと見ててやるから」
自分から仕掛けはしないけど、アーチャーがしたいのなら。泣くのはなるべく見たくないけど、アーチャーが望むなら。
今度はにっこりと、意識して優しく優しく笑ってやる。
「泣いてもいいぜ、アーチャー」
「誰が! ……衛宮士郎。貴様がこのオレを肯定するとふざけたことを言うのなら、オレはオレの全存在をかけておまえを否定してやる」
それはつまりイコール、アーチャーが己を否定することだ。
とても許せたことじゃないけれど、にっこりと笑いかけてやる。
「いいぜ」
叩かれた頬が熱い。胸の中心も、同じように。
そして力をこめて言い切った。


「俺はおまえに、オレに、絶対に負けないんだから」



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