じゃかじゃかじゃーん、じゃかじゃかじゃーん、とテレビが大仰な効果音を鳴らしている。
それをなんとなく眺めながらアーチャーはぼんやりとしていた。
日常の落とし穴、エアーポケット。じゃかじゃーん、なんだか、じゃーん、異様に、じゃかじゃじゃーん、ええいうるさい。
騒音の元を止めようとしてチャンネルを探すと、右横に座るランサーのすぐ傍にあった。ランサーは肘をついてやはりぼんやりとテレビ画面を眺めている。アーチャーはかまわずチャンネルを掴もうとした。
「おい」
「……なんだね」
「なんで持ってく」
「消そうと思ってな」
「消すなよ、見てんだよ」
「見ていないだろう?」
私は見ていない。
「おまえが見てなくてもオレは見てんだよおい、こら、消すなって」
私は見ていない。
じゃかじゃぷちっ。唐突に断ちきられた音は断末魔に似ていて、アーチャーは満足そうにでもなくふんと鼻を鳴らした。
最速のくせにチャンネル争奪戦に負けたランサーは、恨みがましい目でアーチャーを睨みつけている。むすっと子供のように不機嫌さを顔に出して、ランサーはへん、と肩をそびやかす。
「譲ってやったんだからな」
なにをえらそうに。
定位置に座ると、アーチャーはチャンネルを遠くへと置く。それを見てランサーがつぶやいた。
「……おとなげねえ」
「なにか?」
「なんでも」
なんでもないというのならなんでもないのだろう。そうだろう。
いちいちかまっていられない。それきり無視すると、横からじくじくとした視線が突き刺さってきた。華麗にそれを無視する。
じくじく。そこから膿んでくるような。無視する。じくじく。無視する。この湿度は蛹の中味に似ているのではないだろうか?じくじく。 と、ごつん、と音を立てて額がぶつかってきた。結構すごい勢いで。
「…………」
至近距離で睨みつけてくる赤い瞳を真っ向から見返して、なにかね、とつぶやく。
「こっち向け」
「そう言われても、もうすでに視線は合っていると思うが」
「そういう問題じゃねえ。人が熱い視線送ってんだからな? こっち見ろよ、な? わかんだろ、空気読め」
「……はあ」
「はあじゃねえよ」
ぐりぐりぐり、と額が押しつけられる。近い。なんだか近い。ものすごく近い。
「―――――」
それでも真っ向から視線を合わせていると、ため息をついて、ぐりんっ。
そんな勢いで額を一度擦りつけられ、距離を離された。目の前にあった青と白と赤が遠ざかっていく。そういえば国旗にこんな色合いのものがあったな、とアーチャーはふと思いだした。
「立て」
「?」
「立て。いいから立て」
「その必要はないように思えるが?」
「いいから」
繰り返されては仕方ない。やれやれといった様子でアーチャーは立ち上がると、
「これで満足かね?」
ランサーはじっとアーチャーを睨みつけると、わっしと音がしそうな感じで黒いシャツに覆われた腕を掴んだ。そのままずるずると引きずっていかれるのにデジャヴを感じ、ああ、デパートの玩具売り場で駄々をこねる子供だ、なんてやはりぼんやりとアーチャーは思った。
「ランサー、一体」
「ここじゃ邪魔が入るかもしれねえからな。場所変える」
邪魔?ああ、少年少女たちのことか。アーチャーは引きずられていく。今度は童謡を思いだした。売られていく子牛。
いろいろとくだらないことを覚えているものである。
そうして居間の外に出て、くるりと体を回転させられると腕を持たれたまま背中を押しつけられた。軽くまばたき。
すると、端正な顔がまた近づいてくる。ランサーの顔は整っていると、そこだけは認めてもいいだろう。
「おまえ、好きなんだよな」
「うん?」
「うん? じゃなくてよ。オレのこと。好きなんだよな」
しばらく天井を仰いで。
「好きだが?」
「なんで今考えた? ……まあいい。なら、なんでオレのことを必要以上に邪険に扱ったりすんだよ」
「…………」
「だんまりか」
アーチャーは首をかしげると、短く問う。
「君は、」
「あ?」
「つまり、愛してほしいと」
愛がほしいと。
「そう、言うわけか?」
ランサーは目を見開いて。
一気にその顔に朱を登らせると、甲高く裏返った声でがなりたてた。
「うっせえなそうだよ悪いかよ! べたべたしてえよ! おまえからの好意がほしくてほしくてたまんねえよ、悪かったな! 正直台所の隅に置かれた野菜と同じ扱い受けんのはうんざりです! 泣けてきます! ああもうオレにこれだけいろいろぶっちゃけさせてどうする気だ、おまえ!?」
ごつん、とまた額がぶつけられた。アーチャーは近すぎてぼやけた像をなんとか結びながら、ぐりぐりとやけのように額を押しつけるランサーを見つめる。額がちょっと熱い気がした。摩擦熱のせいではない、だろう。
「ランサー」
「ああ!?」
「ステイ」
「は!?」
「青だが、止まれ」
いや、瞳は赤だからとまれでいいのか―――――などとつぶやいて、アーチャーはランサーの動きを止める。
そうして、両側から頬を押さえて。
ちゅっ。
「―――――」
「ならば、そう言え」
蕩けるような笑みを浮かべて、ゆっくりと唇を離すと限界寸前まで目を見開いたランサーの両頬からやわらかく手を離した。
ランサーの顔色、カウントダウン。5.4.3.2.1.
「―――――おまっ」
ゼロ。
一気に真っ赤になったランサーは、崩れるように廊下にしゃがみこむ。
「ランサー?」
「うるせえ、今様々なデリケートな理由で立てねえ! オレのことはほっといてくれ!」
「しかし、台所の隅の野菜と同じ扱いをするわけには」
「いいんだよ!」
アーチャーは付き合うようにランサーの隣にしゃがみこむと、
「まったく、君は見た目より複雑なのだな」
そう、他人事のように告げたのだった。



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