ねえなぐるようなきすがしたいんだ。
そう言ったらものすごく嫌そうな顔をされて無言のうちに殴られた。ひどいよなあ、とつぶやいて笑う。ねえ未来の俺、一体どうなったらそんな風に成り果てちゃうの。
口の中は血の味、鉄の味。慣れ親しんだそれをいとしく味わって暴力反対、と気のない声で訴えてみる。溶けかけた飴のような半端な声で。ああだけどもっと殴ってくれないかな。俺に触れるたび未来の俺は普段は澄ました顔を歪めて人間、のように見えるから安心する。
守護者だなんて機械仕掛けのお人形じゃなくて血が流れて、心臓が動いて、喋って、怒って、声を上げて。
■■だとかに軽々渡してなるもんか。だって、俺のだ。つなぎとめてるんだ、糸と化した意図で縛ってがんじがらめにして。
なあ知ってるよ、拘束されるのが好きなんだろう、恥ずかしがることなんてない、誰にも言わないから。言うわけない、教えてやらない。知ってるのは俺たちだけだ、なあ、未来の俺。
初めて殴られたのはすきだと言ったときだった。俺、おまえのことがすきだ。勇気を出して言ったら呆然とした顔をして、それから眉を吊り上げて、こぶしで頬を。
手加減はしておいたなんてさらっと言う、その手が震えてたのはどうしてなんだろうな。
怒り?
戸惑い?
恐怖?
別に何だっていいんだ、俺は。その日から始まったんだから、俺たちは。
お互いに手加減なしで殴りあうような関係を始めたんだから。
鋼色の目は曇り空。ところにより雨が降るでしょう。泣き声が聞きたいと思ってやめる。俺は、俺たちは、めったなことじゃ泣かない。代わりに頭に血が昇るのは早い、言えば驚かれるけれどちゃんとした理由があるなら俺だってきちんと怒るんだ。
きちんと怒れることはいいことだと思う。きちんと喧嘩ができることと同じ。
外でもいい、内でもいい、ちゃんと向き合って発露できるなら。
だから未来の俺が隠してるのは気になる。あるだろう、もっと。触れただけで指の先が炭になるような感情が厳重に隠した奥のまた奥に。俺はそれを見たい。触れた瞬間に指が形を失ってぼろぼろ崩れていってもかまわない。そうしたら俺はてのひらでそれを大事に包むから。 触れたところから崩れていったって無事な部分でとらえて離さないから。指がなくなればてのひらで、てのひらがなくなれば腕で、腕がなくなれば口で。
やさしくやさしくくちづけてやろう。下手だけど、歌をうたってやったっていい。
目の端に赤い色彩、喰らいついて離れない。風がなびくたびに瞳の中で舞い踊るけど決して見失ったりはしない。血のようにあかい。
熟れた実のように手の中に落ちてきたら許さない、なしくずしや偶然じゃいけないんだ、決定的でなくちゃ。
未来の俺、俺はいつかきっと手を伸ばしておまえを捕まえる。まっすぐに向き合って抱きしめて、そして離さない。地に打ち立てられた誰のものかもわからない墓標のようにしっかりと立っていようじゃないか。立っていられなくなったら体を預けてもいい、ほんのすこし目をつぶっていてやるから。
体が熱くなって腰が砕けて足ががくがくいって目の焦点がぼやけて息が荒くなって心臓が破裂しそうに騒いで薄く開いた唇から舌がのぞいている。
そんなおまえを見ないでいてやるから。
夕闇。宵の口。ぼんやり薄れる輪郭。煮立った湯の中に入れたコンソメみたいに角を失って透明に溶けていく。はためく赤。じわじわと滲んでいく他の色の命を奪ったかのようにひときわ真っ赤に、鮮やかにそれは俺の視界を染め上げる。
強い風が吹いたとき俺の足も浮き立つように地面から離れて未来の俺の体に触れていた。
大きな手は、震えていた。


怒り?
戸惑い?
恐怖?
別に何だっていい。何も感じないようなら厄介だけど、何かを感じてるならそれでいい。
名前を呼ぶ。ゆっくりと。絡めとるように。
風が吹く。耳の傍でごうごううるさい。大声で呼ぶ。立て続けに何度も。
反応が返ってきた。未来の俺は頭を抱えてうるさいと叫んだ。俺が名前を呼ぶたびに打ち消すようにうるさいうるさいと何度も。なんだ、おかしいなあ、普段の澄ました顔はどこへ行ったんだろう、風に飛ばされてしまったんだろうか。
しまいにはうずくまるようにして頭を抱えたまま黙りこんでしまったので、俺も視線を合わせようと身を屈める。
未来の俺は背ばかり高いから、こうしないと視線を合わせることさえ出来ない。少し悔しい。
鍛えられた腕を掴んでかたくなな篭城をやめさせようとする。自分の内へこもってしまった未来の俺。
角度を変えて顔をのぞきこんでみようとしたけど、見えやしない。
仕方ないなとつぶやいて、殴るように。
すきだというかんじょうをいっぱいにこめて、ちからのかぎりなぐりつけるようなきすをした。



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