「……でね、ここがこうでしょ? そうするとここがこうなるの。わかる?」
「……あ、ああ、うん……」
「もう、ちゃんと聞いてる? シロウ」
腰に両手を当ててぷんすかぷん、と怒ってみせる小さな姉に慌てて縋ってみせる、様々な魔術を習得したこの身ではあったが、錬金術についてはどちらかと言えば素人に近くて。
だから錬金術の至高、アインツベルンの出身である彼女に師事を得ているのだが。
「ここでこの術式を応用すると……こうなるの。……ほら、シロウ、また聞いてない」
「……聞いてる。聞いてるから、姉さん」
「なに?」
「この体勢を取るのは……必要なのかな」
膝の上にちょこん、と。
小さな姉を乗せて、お洒落なテーブルにノートを広げ。
何故に膝の上なのか。何故にそれぞれ椅子ではいけないのか。わからない。わからない、わからない。すると彼女はむすっ、と愛らしく唇を突き出して、
「なに言ってるの、必要よ。最重要事項なんだから。それがわからないなんて、シロウもまだまだね」
「そうなんだ……」
思わず口調が素になってしまった。
銀紗の髪をさらりかき上げてさて、と彼女は言う。
「少し休みましょうか。セラにお茶でも用意させるわ。根を詰めすぎるのはよくないものね」
「あ、ちょっと待ってくれ姉さん!」
叫んだが、その寸前に彼女がまるで病室に用意されたナースコールのようなスイッチを押してしまった後だった。
サーヴァントであるこの身には聞こえないがホムンクルスである“彼女たち”の耳にはすぐ届くものらしく、一分待つこともなく、がちゃりとドアが開いて。
「お嬢さま、何か御用でしょう、か――――?」
姿を見せたのはきつい面持ちのセラと茫洋とした面のリズ、そのうちのセラの顔がびきり、と固まり。
「お嬢さま!!」
びりびりびり、と波動。物凄い怒鳴り声に耳へと指を突き込む小さな姉と自分、だがセラは構わずつかつかと傍までやってきて。
「なんてことを! なんて格好をなさっているのです、アインツベルンの当主とあろうものが! 許されていいものではありません、ええ、ありませんとも!!」
「セラに許してもらう必要なんてないわ! これはわたしとシロウの問題だもの! ねっシロウ!」
「えっ? あ、ああ、うん、」
「エミヤ様! エミヤ様もこのようなはしたないことを許されるとおっしゃるのですか!? アインツベルンのご令嬢であるお嬢さまを! このような……このような!」
「セラ、声大きいよ」
「お黙りなさいリーゼリット! あなたも何かお言いなさい!」
「姉弟仲良し……いいこと、だと思う」
「そういう問題ではありません!!」
きーん。
まるでカキ氷を一気に食べつくしたときのような痛みが頭を襲う。ぎゅっと目をつぶる小さな姉と自分だったが、姉はすぐに復活し、
「セラには関係ないって言ってるじゃない! あなたには何の関係もないわ! ただお茶を淹れてもらおうと思って呼んだだけなのよ!」
「お茶なら何杯でもお淹れいたします、ええ、ですがそれはお嬢さまがそのご無体を止めてからです!」
「無体って何よ!」
「ですからご令嬢に相応しくないことだとおっしゃっているのです!」
「――――〜もう、うるさいうるさいうるさーいっ!!」
あくまで自分の膝の上でぶんぶんと拳を振り回す小さな姉をおろおろと見守る、どうしよう、ああどうしよう。
こんな小さな姉、ひょいと抱えて床の上に下ろしてしまうのは簡単だ。けれど後が恐ろしい。
だから結局は無言でセラと小さな姉の口喧嘩を見守る他なく――――。


その時だ。


リズがつかつかと歩み寄ってきて、小さな姉の腰を掴んだ。そして、
「ぐるぐる〜、ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる〜」
間延びした口調で言いながらゆっくりと彼女を振り回し、すとん、とその足裏を床に下ろした。
…………。
沈黙が落ちて、セラがわずかにぱあっと顔を輝かせたように見えた。
「リ……リーゼリット! 方法はどうあれ、あなたもやるではないです、か――――?」
先程のつぶやきのデジャ・ヴ。
喚きかけたイリヤを放置してつかつかと今度はこちらに歩み寄ってきて……。
「ぐるぐる〜、ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる〜」
「…………」
明らかに体躯で勝っている自分を抱き上げ、先刻小さな姉にしたように振り回し、そのまますとん、と足裏を床に下ろした。
リズは言った。
「これでおそろい、姉弟一緒、イリヤも満足……でしょ?」
「…………何が」
背後には“がおー”と吼える寸前の子虎。
「満足なのよ、リズ――――!!」
ずるいずるいずるい、わたしだってシロウにそんなことしてあげたいのに!
でも、イリヤの体じゃ……無理。
無理じゃないもん!ばかー!!


「彼女は……何をしたかったのかな……」
「私に……わかるとお思いですか?」
「……済まない」
誰もわからないな、とつぶやいて、とりあえずこれからどうしよう、と自分は思いを馳せるのだった。



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