「キスさせろ」
「は?」
思わずぽろっと洗濯物を落としたのは私が悪いのだろうか。否。
「君は何を言っているのかね、ランサー」
なるべく平常を保って言った声音だったが、ちょっと震えていてしまった、不覚。
するとランサーは何事か考え込んで、
「ちゅーさせろ」
「言い方の問題ではない!」
だってそうだろう?キスとちゅー、言い方が違うだけではないか。しかも、ちゅ、ちゅーだのと。何をくだらないことを、けしからん!
「けしからんじゃねえだろ。いいだろ、ちゅーさせろよ」
「だからその言い方をやめろと言っている!」
自覚している。かなり、顔と耳とが熱い。だってそれにしたってひどいはずだ。ここは居間で。衛宮邸の居間で。昼間、いつ誰がただいまと帰ってくるか知れぬ状況であるのに。それで?それで、「ちゅーさせろ」だと?
まったくもってふざけている!
それを切々とランサーに訴えれば、彼は秀麗な眉を寄せて、
「いや、ふざけてねえし」
真剣だし、と言われてもというものである。そもそも真剣なのがまずいのだ、この場合!
「なんで?」
「その軽々しい喋り方をやめないか」
「おまえもやめろな、零距離射撃のカラドボルグは」
ふたりで真顔。……にしては、話題は明らかにおかしな方向に突き進んでいる。ちゅーさせろなどと強請るランサーと、零距離射撃でカラドボルグをその眉間へ決めようとする私。明らかに変だ。おかしい。二度言おう。こんなのおかしい!
「素だな」
「…………ッ」
「わかったわかった、オレが悪かったって」
「……なら、」
「でもちゅーはさせろや」
「!」
ガタガタガタ。
「ちゃぶ台に足乗っけるのはどうなんだ、おまえとして」
「君に言われたくはないな!」
「ん」
…………――――。
「貴様ああああ!!」
「うお」
隙をついて、す、隙をついて、ちゅう!などをしてきたランサーに、私は思わずカラドボルグを発しようと弦を引き絞る。
「この卑怯者!」
「いや、おまえが好きだらけで可愛かったからよ」
「待て。発音が異なってはいないか」
「ああ。間違えた」
“隙”だったな、とけろりとした顔で言うのにまたもや怒髪天になりかかる。好きだらけ?好きだらけだと?どういうことだ!?
「好きだってことだろ」
「そのままじゃないか!」
またもや素に戻ってしまった、ああ、今度ばかりは自覚している。
「今度はおまえからしてくれたっていいんだぜ?」
「どこからどうなってそうなったんだ!」
「だって、好きだらけだからよ、おまえ」
「――――〜ッ」
耐え切れず、ちゃぶ台を、蹴り上げた。
それなりに痛みは走ったが、ランサーの顔面に綺麗にヒットしたので溜飲は下がった。
「いてえ」
「痛くしたのだ!」
当然だろうと鼻を鳴らす、その合間に。
「まあ、オレもおまえに好きだらけだったしなあ」
「馬鹿なことを言うなああああ!!」
先程の技を繰り出そうと思ったが、生憎とちゃぶ台は床に転がっていて。
しまった――――思う間もなくヒュッと青い流星が目の前を走り。
ちゅっ。
「――――、…………、…………!」
「好きだらけ」
ん?こいつは隙だらけ、でいいのか?などと首を捻るランサーに。
「……I am bone of my sword」
私が詠唱を始めてしまったのも罪ではないだろう。
「んー」
その唇を、間延びしたランサーの唇が覆ってきて。
さんざんと“すきだらけ”されてしまったのは屈辱の記憶だ。
言葉遊びなど消え去ればいい。



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