おまえ、オレのことどう思ってる?
「は?」
洗濯物を畳みながらの応答だったので、一瞬だけ間があいた。大量のタオルを脇に、遠くでにやにやと笑う男―――――ランサーを見ているとなんとなく腹が立った。
「なにを言わせようとしているのか……君は」
「わかってんだろ。その顔見りゃわかるぜ」
「生まれつきだ!」
「子供かおまえ」
まあ子供だよな、そうだよなと言いながらランサーは立ち上がった。その余裕がまた腹立たしい。大股でひょいひょいと周囲の洗濯物を崩さないように器用に近づいてくると、顎に手をかけられた。にやにやと笑う顔が憎たらしい。悔しい。恥ずかしい。妬ましい。
どうしてこんなに余裕でいられるのか。と、思う。
ランサーという男はめったにせっぱつまったところを見せない。いつでも余裕でいるように、見える。
「ちなみに、オレはおまえのこと嫌いじゃないぜ」
「以前と言っていることが違うぞ」
「人ってもんは変わるんだよ。おまえだってそうだろうが、なれのはて」
「―――――…………」
「ああ、悪い。傷ついたか?」
そんなつもりじゃなかった。
言われて、顎にかけられた手をくるりと唇に移動させられて撫でられる。軽く先端を含まされて唖然とした。慌てて噛みつく。
その前に素早くランサーは指先を引き抜いていた。
「あっぶね」
「なにを―――――」
「スキンシップだろ」
「こんな卑猥なスキンシップがあるか!」
「おまえの中に入ってみたかったんだよ」
思わず身を引いた。タオルの山が崩れそうになって手で押さえながら。冷や汗が流れる。なんとなくエプロンを引き下げた。こんな人の作った柔い防具、この男の前に通用するとは思えないが。
「……なんだその目つき」
「生まれつきだ」
「だから子供かおまえ」
まあ子供だよな、とランサーはまた同じ言葉を口にした。後頭部をがしがしと掻く。煙草のフィルタを噛みそうな表情をしてやめた。
なぜだかランサーは最近は禁煙のように煙草を口にしない。聞くと、今後に期待だ、とかなんとか言っていた。
わけがわからない。
「そうじゃなくてよ。……おまえの心の中に入ってみてえんだよ」
「は?」
「は? じゃなくて。なあ、入れさせてくんねえかなあ。こう、ちょっとだけでもいいから。指の先くらいでいいんだが」
「君の言い方はいちいち卑猥だ」
「そうかな」
「そうだよ」
そっか、とうなずく。で、と思い出したようにランサーは畳についた膝を進める。……先程下げたエプロンの裾を踏まれた。深く、不覚。
「それで、おまえはどうなんだ。好きなのか、嫌いなのか」
「……どうとも言えんよ」
「なんでだ」
「気にならないものに意見を言えと言われても、どうしようもないだろう」
ランサーの赤い瞳の、瞳孔が開いた。
「……おまえな」
「なんだね」
「冗談にも程があるぜ。あれだけ反応して気にならないもなにもあるか? いまさら取り繕うとしても無駄だ」
「誰が……」
「なあ、アーチャー。そういうのはやめにしようぜ。オレはとっくにやめた」
だから、なあ。
というのは哀願のようでいて強制のようでもあった。気がつくとまた唇に触れられていた。押せばたやすく開くそこを、親指の先で軽く押し上げるようにするとランサーはささやく。
「好きでも嫌いでもどっちでもいいから言ってみろ。こうかもしれない。それでもいい。だがな、まったく気にしていないだなんて嘘はよせ」
体が震えた。無理難題だと思った。好きだと言っても、嫌いだと言ってもこの男はなにかを仕掛けてくる。
それがいやだった。だから気にならないと言ったのに。
「アーチャー」
呼びかけられる。無になろうとする。触れられて失敗した。コマ送りのように腕を掴まれて、振り払って、またとらわれて、あきらめてうなだれる。ランサーが喋ると赤い口内が露骨に見えて、覗く犬歯が鋭かった。
「ランサー。こんなことが無意味なことだと君ならわかるだろう。頭はそれなりにいいのだから」
「認めてはくれちゃいるんだな」
「嫌味な言い方だな」
「おまえには負けるぜ」
ああ、ここでむりやり奪ってやろうかなあ、と物騒なことをランサーがつぶやく。それならばどっちかには傾くだろうと。
冗談のような物言いだったが口調も表情も真剣で、ぞっとする。
「ランサー」
出た声が自然と上擦る。それを表情にまで出さないように押し殺そうとしたが、出来ただろうか?
青い髪が首筋に触れる。まるで宣告者のように、笑ってランサーは言った。


「さあ、言ってみなアーチャー? ただし答え次第ではどうなるかわからないぜ?」



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