時計の針が鳴っている。居間にふたりきり。
衛宮士郎は、制服のままでそこに立っていた。鞄を肩にかついで。まだ、自室に帰っていないのだ。まっさきにここにきた。
気配を感じたから。ここにきた。
ただいまもおかえりもない。無言だ。衛宮士郎を出迎えたのは沈黙。弓兵、アーチャーは一度ちらりと衛宮士郎を見ただけですぐに視線を畳に落とした。それでいいと思う。思ったから黙って立っていた。ずっと見ているだけでいた。
まるで寝ているようにアーチャーは目を閉じて動かないでいる。衛宮士郎の存在など無視だというように。
ふん、と衛宮士郎は鼻を鳴らした。
「俺、おまえのこと好きだ」
「……そうか」
「おまえは?」
「大嫌いだな」
「それだけ?」
「ああ、忘れていた。……殺したいほど憎んでいる」
「うん、それでいい」
にっと笑う。
「おまえは、それでいい」
もし好きだなんて言われたらどうしようかと思った。
ほっとしたと言う衛宮士郎に、アーチャーは静かに目を開いた。鋼色の瞳でつまらなさそうに上から下まで衛宮士郎を見て、鼻で笑う。アーチャーだな、と衛宮士郎はあらためて確認した。うん。これが俺の嫌いで、好きな奴だ。
だいきらい、という意外に幼い物言いがおかしかったので、軽く声を上げて笑うと不機嫌そうな表情を見せる。だったら他になんという言い方があったろうか?
知らない、と首を振る。俺はこいつの元だけどこいつじゃないから、知らない。
知らないから知りたいのだ。
「変態か、おまえは」
「おまえ、それ遠回しに自分のこと否定してることになるんだぞ。いいのか」
「もうあきらめた。おまえは私であって私ではない。衛宮士郎はエミヤシロウだが今のおまえと私は同一ではない。元々、道はずいぶんと前に違えていたのだ。だから、私がどれだけおまえを否定しようがかまわんだろう」
「本当に、へりくつが得意なやつ……」
苦笑した。するとアーチャーはにやりとうれしそうに破顔する。こいつのポイントはどこかおかしい。衛宮士郎を虐めて悦んでいるのかと思いきや空気ほどの扱いも見せない。殺したいほど気にしているのか、どうでもいいと投げだしているのか。
すきなのか、きらいなのか。
はっきりしろよ、と衛宮士郎は毒づく。
「それとも好きとか嫌いとかとは別次元なのかな」
「なにか言ったか」
「おまえのよく言うへりくつをちょっとな」
借りた。
とたんに眉間に皺が寄って、返せ、と言うので我慢しきれなくなって噴きだした。
「あー……。うん。その、さっきの発言取り消す。聞かなかったことにしてくれ」
「最初から聞いてなどおらんわ、このたわけ」
「わかってる。訂正するとだな。俺、おまえのこと気になるんだ。いい意味でも悪い意味でも」
うん、これならいい。
なんとなく好きだとか言うのに違和感があったのだ。知りたい、気になる。これならいいだろう。それならこの衝動も理解できる。
平手で払われた手がじん、と痛んだ。いて、とつぶやいて、衛宮士郎はその手を軽く振る。うっすらとどころではなく赤くなっていた。手加減ないな、と言おうとして、殺そうとしてるんだから当然か、と思った。
「だけど、迷惑だけど少しうれしい」
「は?」
「同じってことだろ。おまえも俺を気にしてる」
「やはりおまえは変態だな」
「じゃあ、逃げろよ。ほら、その変態が懐に飛びこんできたんだぞ」
「ちょうどいい。このまま殺してやろう」
「セイバーや遠坂に叱られるぞ」
「……彼女たちの名前を出していまさらオレが止まるとでも?」
口調が変わった。鋼色の目が冷たい。
「うん。止まらないよな。止まれないよなおまえは」
上にある顎をつかんで、視線を合わせる。振り払われるかと思ったが、そうされなかった。
じっと冷たい目が衛宮士郎を見ている。
「遠いなあ」
つぶやく。
「好きだとか嫌いだとかさ。そういうものごとから遠いところにいるよな。俺たち」
「一緒にするな」
「じゃあおまえは近いのかよ」
「おまえと一緒にはされたくない」
「ふうん」
衛宮士郎はだらりと垂れ下がったアーチャーの手を取った。節くれだった指先にくちづける。愛撫も知らなくつたなく。印を押すように、ただ。
「俺以外見るなよ」
笑う。
誰かが見ていたら、談笑しているかのようにほがらかに。
「俺以外、好きになっても嫌いになってもいいから、憎むのは俺だけにしておけよ、アーチャー」
そう言うと、指先に歯を立てた。アーチャーはわずかに眉を寄せる。
それから平手で顔を叩かれて、衛宮士郎は、少女のヒステリーのようだと笑った。



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