「なんだ、」
甘いものが食べたかったのなら言ってくれればよかったのに。
玄関で洋菓子店の箱を受け取った赤い弓兵は、目を丸くした後でそうつぶやいた。食べもの=作る。どうやらそういう考えらしい。
槍兵はそれもいいけどなと内心でひとりごちて笑った。
「いやよ、ついふらふらと、な」
「セイバーでもあるまいし……」
「……おまえそれ、本人に聞かれたらやべえぞ」
変なところでうかつだ。皮肉屋ではあるが今のは素だ。意識しない毒。
靴を脱いでとたとたとあとをついていく。居間に到着、すぐに台所へ向かう赤い弓兵。湯を沸かすのだろう。予想は当たってすぐに沸くやかんの音。くん、鼻を鳴らして頬杖をつく。
「生憎と日本茶しか用意していないが……」
大丈夫だと返す。眉を器用に片方だけ跳ね上げて。そうか、なんて言うものだからずいぶん素直だと思った。
ぐちぐちと小僧が小僧がだのと愚痴を聞かされるかなと考えていたのだ。実は。
湯呑みに香ばしい匂いのする日本茶を注いでくれる。青色の湯呑みと赤色の湯呑み。そろいで買ってある。勘違いしないでほしいのは、何もふたりだけがそろいではないということ。この屋敷に頻繁に訪れる皆が皆、おそろいでいっしょ、なのだ。
それだけでも膨大な食器の量だ。
「開けても?」
「お好きに」
ちゃかして返す。欧米人よろしく微笑んで目を細める。アーハン?
器用に褐色の手は箱を開けていく。やがて開いて、中をのぞきこんだ赤い弓兵はぴく、と一瞬反応した。よしよし。槍兵はほくそ笑む。
「これはまた」
ずいぶんとかわいらしい。
そう感想を述べて、あらかじめ持ってきていた皿の上にそれを移す。チョコケーキ、たっぷりクリームの乗ったそれはいかにも甘そうでスイーツというのにふさわしい。
その頂点に飾られた苺を指先でつついて、槍兵は言う。くつくつと笑いながら。
「第一印象から決めてました」
「なに?」
「まずな、この色だ。おまえの肌の色だろ?」
褐色の手がぴたと動きを止める。続きをうながすように無言だから、槍兵は続けさせてもらった。
「それでだ。てっぺんに乗ったこれも、おまえの色」
大きな苺をなおもつついたまま、槍兵はいたずらっぽく述べる。今は纏っていないけど。
真っ赤な概念武装は目に鮮やかでなかなか忘れられるものでもない。
「…………」
さてどういう反応をするかな、と上目遣いで槍兵が見やれば赤い弓兵はうつむいて眉間に皺を寄せている。
予想通りだ。そう、思ったとたん噴きだしていた。
「な、」
その反応はどういうことだ!と叫ぶので、いやいやと震える肩をなんとか押さえてなだめるように返した。
「かわいいと思ってよ」
「―――――ッ、そんな調子で!」
騙されるか、と続けてふくれる。そうなるともうおかしくてたまらない。笑いに小刻みに震える。
つんとそっぽを向いたので、涙目になりながらおいおいと呼びかけた。
「機嫌直せって、な?」
フォークで三角の一端を崩して、その口元に運んだ。
「ほら」
あーん。
首をかしげて。
赤い弓兵はしばらく無視を決めこんでいたが、めげずに差しだしているとそうもいかなくなったのか閉じていた目を開く。
ちらり、と見て。
「……まったく」
ため息をついて口を開けた。
そこにすかさずつけこむ。
「よしよし」
いい子だ。
ふざけて言ってもう一度同じことを繰り返す。
あーん。
「あーん」
「…………」
「…………」
「ん」
ぺろり、と赤い舌で唇についたクリームを舐め取る。


黒い弓兵。


「えええええ!?」
「―――――な、」
ぎょっとして飛びすさる。赤い弓兵は突然自分の隣に現われた、自分とうりふたつの顔に目を丸くしていたが、すぐにきつくそれを睨みつけると概念武装を纏う。指を白い顔につきつけて。
「貴様! 何故ここに……」
「ランサーのいるところ私ありだ」
昼間から妖艶に微笑むと、黒い弓兵は甘えるように槍兵に向かって身を乗りだす。
「なあランサー。そうだな?」
「いや知らねえし! オレに聞かれても困るっていうか!」
首をぶんぶん振る。残像が出来るほど。
甘い空気は一瞬にして壊れ、なんかもういろいろと台無しだ。
「ランサー、これをケーキだと例えていたが」
これ、と言うと同時に赤い弓兵を指して、黒い弓兵は笑う。
「私は一体なんだろう?」
「……えっ」
槍兵は挙動不審に黒い弓兵を上から下まで眺める。
白い髪。白い肌。金色の瞳。赤い紋様。漆黒の聖骸布。ちくたくちくたくちくたくちくたく。
「ランサー! 答えずとも……」
「…………ぼたもち?」
「……………………」
その場の空気が凍る。
「な、なるほどと思ってしまったではないか! 責任を取れ、責任を!」
「だ、だってよ、黒くて白くて甘いもんっていやこんなんしか思い浮かばなかったからよ!」
“ぼたもち”と評された黒い弓兵はきょとんと目を見開いている。さすがにこれは。まずかったかな、と。
槍兵が思っていた時だ。
「さすがランサーだ」
「いいのか!?」
ふわり、と胸に手を当て幸せそうに微笑んだ黒い弓兵に思わず目をむく。赤い弓兵は目をしぱしぱさせていた。
「君がそういうのなら私は喜んで餅になろう。棚から転げ落ちたっていい」
「……なに上手いこと言ってんだてめえ!」
「上手いのか!?」
棚からぼたもち。そのイメージと黒い弓兵はあまりに釣り合わない。それなのに黒い弓兵はあくまで幸せそうに微笑んで、首をかしげてなおも問いかけてくる。
「なあ、他には? 他には何がある?」
「ほ、他って、もうさすがにネタはねえよ……」
「そんなことはない。きっとあるはずだ。……頑張れ。ランサー」
「私と同じ顔でそんなことをするな!」
軽くウインクしてみせた黒い弓兵に赤い弓兵が激昂する。他に……他……と煮詰まった様子で悶々と考えていた槍兵に眉を寄せて、赤い弓兵が声を荒げる。
「ランサー、こんな茶番に付き合うことなど……」
「…………握り飯?」
「……………………」
空気がもう、なんていうかフリーズドライ。
「甘くないわたわけがああああ!!」
「だからネタねえって言っただろ!?」
「なるほど」
「って貴様もいい加減に!」
「食べてみるまで中味がわからない。ふふ……なんとも心躍るではないかランサー。今日の私は何味か、ここで今試してみないか?」
「みねえし!」
「少しなら海苔を剥がしてみてもいいんだぞ?」
「なんだその誘い文句は!」
「なんなら荒々しく半分に割られてみたくもないこともない」
「わけわかんねえなてめえは!」


そんなこんなで。
食べもの仕掛けの甘い蜜月は、あっけなく終わりを告げたのだった。



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