スイッチだな、とランサーは思う。
隣でいつもの頑なさなんてかけらも見せない無防備っぷりを大発揮で眠っているアーチャー。その髪はすっかり下りていて(ランサーがやったのだけど)寝顔と合わせるとひどく幼いのだった。
まあ、髪が上がっている状態でも、こいつなんでこんなに、と思うほど幼い顔を見せることはある。元々が童顔だということは付き合ううちに知った。
皮肉な態度や物言いで隠してはいるけど、本当は純粋でそれでいて捻れている。
……思春期。そんな言葉がふと脳裏に浮かんだ。
つい笑ってしまう。
起きるかと口を押さえたが起きなかった。ほっとしてまた笑う。赤い瞳を細めて。
さて、一体どうして自分はここまで微笑ましく自分よりがたいもよくて四六時中ツンツンしている男を見守るようになったのか。一児の父だった経験はある。だけど……実子に対する気持ちとこれとは、違うだろう。
そもそも実子を寝所に連れこむ趣味はランサーにはない。
あってたまるか。
そこまで性に奔放ではないつもりだ。
「……う、ん」
掠れた声を上げてアーチャーが身を捩った。さらりと流れる白い髪。拍子に肩からブランケットがずれ落ちて、ランサーは仕方ねえなと手を伸ばす。
引き上げてやってぽんぽんと軽く肩を叩いた。すると安心したのか、アーチャーの口元に微笑みが浮かぶ。
ふと“犯罪”そんな言葉が脳裏に浮かんで、冗談じゃねえぞとランサーは低くつぶやく。
やましいことはない。
合意の上だしふたりとも成人男性だし。いや、というかサーヴァントに法律を適用するのがまず間違っている。性犯罪だとかなんとか。
違う違う、絶対に違う。
浮かんだ危うい考えを打ち消すように頭の上で手を振って、ランサーはため息をついた。
「それもこれも、な」
おまえが悪い。
眠るアーチャーは聞いてはいないが承知の上だ。おまえがかわいいのがわるい。まったくの言いがかり、そしてアーチャーのマスターが聞けばじっとりとした目つきを送ってくること間違いなしの文句をつぶやきながら、さらさらとした白い髪を指先でもてあそんだ。
アーチャーは消耗したのか、しばらく眠りについたまま目を覚まさなかった。


「それは君だってそうだろう」
翌日、スイッチのことをアーチャーに何気なく話してみると彼は一瞬なんともいえない顔をして、それからそう答えた。
「オレが? なんで」
「…………する、とき。髪を解くだろう」
最近の記憶をスキャン。確かに。
「そうすると君はなんというか……雰囲気が変わる。ああ、どう変わるのだとかそういうことは聞かないでくれ。説明しづらい」
今まさに聞こうとしていたランサーは出鼻をくじかれて瞠目する。説明しづらい。アーチャーでもそういうことがあるのか。
普段はべらべらとお小言にうんちくなどいろいろとうるさいくせに。
「どう変わるんだよ」
でも、どうしても気になったので聞いてみた。今度はアーチャーが瞠目する。あ、また無防備。ランサーは頬杖をついて思う。
「……聞かないでくれと言ったのだが」
「ん。だけど気になんだよ」
アーチャーは片手で顔を覆うようにしてため息をついた。君な、と言う声が心底呆れている。
しばらくのシンキング・タイム。じっと見つめるランサーに根負けしたのか、アーチャーはぼそりとつぶやいた。
「野生的になる」
「あ?」
「なんというか。悪い意味で言っているのではないのだが、野性味が増すのだよ。男くさくなると言うのか?」
「へえ……」
その答えを聞いてランサーはしばし考えた。記憶をスキャン。ヒットしました。
「だからおまえ、オレが髪解いたところ見るとなんか変な顔すんのか」
「!」
「風呂上がりとかよ。一瞬、目逸らすだろ。すぐに取り繕うけどその一瞬があからさまだから隠しきれてねえんだな」
ふふん。
勝ち誇った笑みで言うランサーに、アーチャーは苦虫を噛み潰したような顔をする。眉間に皺。
「君は余計なことばかり気がつくのだな」
「おまえのことだからだって」
「ごまかそうとしても無駄だランサー」
声に棘が混じり始めた。また始まった、とランサーは思う。
「大体君は―――――ッ」
お決まりのお小言が始まる前に立ち上がって、髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。抗議の声は混乱の内に尻すぼみになって消えた。
「…………何を!」
「いや、スイッチを入れてやろうかと思ってな」
すっかり前髪が下りてしまったアーチャーが怒鳴る。それにランサーはしれっとして答えた。
「かわいいおまえをもっとこう、素直にだな」
「かわいいだとかそんな言葉はいらんわ!」
「あ、こらこのやろ、戻すなって」
素早く手で髪型を整え始めたアーチャーに不満の声を上げる。
「オレも髪下ろしてやるからよー」
おそろいだろ、と言うランサーを睨みつけて、アーチャーがいっそう大きな怒鳴り声を上げた。
「お断りだ!」



back.