「お客様一名様ご案内ですいらっしゃいませ!」
「ご案内されない! 帰る!」
「まあそうおっしゃらずに! 何をご注文されますか!」
「ご注文されない! 帰る!」
「まあそうおっしゃらずに! 本日こちらなどオススメとなっております!」
「オススメされない! 帰る!」
「無限ループでございますね! わたくしめげませんよ! いらっしゃいませ!」
「因果はどこで発生した!? 原因だけが先走る!」
「この、オレたちの間に……! あいた」
ぽかり、と床に下ろされたアーチャーに頭を殴られ、ランサーは小さく呻いた。若干皺になったウェイター服も手探りで直し、楽しそうに笑ってみせる。
笑顔は気さくに、気軽に、愛らしく。営業のそれではなくて本能からのそれで。
スマイルはゼロ円とばかりに口端を吊り上げたランサーは「さて」と何事もなかったかのように話を切り出した。
「お客様、何をご注文されますか」
「帰ります」
「わたくしなどテイクアウトしてはいかがでしょうか」
「テイクアウトされたのは私だよな!?」
「……上手いことをおっしゃいますね!」
「褒められても困るのだが!」
ちなみに閉店後の店内である。他の客たちの前でこんなことをしていたら本格的にふたりそろって頭の心配をされてしまう。
けれど床も窓ガラスもぴかぴか。いつでもお客様おいでくださいウェルカム。そんな具合で磨き上げられた店内でふたりはとんだ茶番劇じみためいたことを繰り広げていたのだった。
パッパーと外からはクラクション。しかしそんなものはふたりの障害ともならず。逆にやってやろうじゃないかとランサーは恋の炎を燃え上がらせて、赤い瞳をさぞかし爛々と輝かせたものだ、おかしな表現だが。
「星が綺麗だな……」
「私の目の前は真っ暗だよ」
「あの一番星が見えないか?」
「夕日に向かって駆け出したい」
「青春だな!」
「もう若くないよ……」
ことごとくをスルーするアーチャーであったが、その耳は戦闘時に纏う衣装のように赤いのであった。
もしくはたっぷり煮出したハイビスカスティーのように。
「またはローズヒップティーのように」
「君のモノローグだったのか、今までのは」
「乱入しただけだ、違うぜ」
「斬新だな、君の発想は……」
はあとため息をつき、アーチャーはやれやれと独白した。
「疲れた。水を一杯くれないか」
「水でいいのか? 紅茶があるぜ」
「水でいい。水が欲しい」
「ただいま!」
喜び勇んで駆け出したランサーの尻尾はぴょんと流星を描く。椅子に座ったアーチャーは少し苦笑してその後姿を見守った。
とぽとぽとレモンの輪切りの浮いた冷たい水をグラスに注いで優雅にトレイに乗せたランサーは、すいすいと踊るように椅子とテーブルの間をすり抜けて無事にアーチャーの元までオーダーを送り届けた。
「お待たせしました」
「そう待っていない」
「そうですか?」
「その言葉遣いをやめてくれないか」
「不評なら」
「……それなりに」
「楽しいんだろ?」
「困ったことに」
くすっと笑い破顔したアーチャーは、差し出されたグラスを受け取る。きんと冷えた水を喉に流し込み、安堵したように先程とは違うため息をつく。
生き返るようだと零してもいないのに察知したのか、ランサーは満足したように笑みを消しはしない。
パッパーとまた、クラクション。
きっと空には流れ星ひとつ。
きらきらと輝いて軌跡になっただろう。
「うん、美味しいな」
「ただの水だぜ?」
「君の真心がこもっているから……」
「デレた!」
「え?」
「えっ」
「えっ」
よくあるパターンだ。
不思議そうにするアーチャーにいいえと笑い、ランサーは再度微笑んだ。
「お代わりはいかがですか?」
本日閉店。けれど、開店。
そうして小さな喫茶店は、今夜もまたふたりのために動き始める。



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