玄関が音を立てて開いた。まず桜、続いて士郎が反応する。
姉の帰りとあらば座ってはいられないのだろう。桜はちゃぶ台に手をつくと立ち上がって玄関へと向かった。その後ろ姿に軽く微笑って士郎が続く。ランサーはその一連を見ていた。
一気に離れた場所が騒がしくなる。桜のはしゃぐ声。ライダーは本を読んでいる。行かねえのかい、と言えばわたしが今行けばサクラの邪魔になりますので、と返答。そんなことねえだろうによ、と言えば目を閉じてうっすらと笑う。
そういうあなたは行かなくともいいのですか?
ランサーは顎を少し上げてまばたきをした。そして口端を吊り上げ、獣のような笑みを見せる。
わかってるくせに遠回しな言い方しやがる。
性分ですので。
美女は眼鏡の位置を直すと片目を開けてランサーを見た。食えない女だとランサーは思う。
やがて、桜を隣に引き連れて遠坂凛が居間に姿を見せた。手には小さな土産袋。おかえりなさいと本を閉じて、ライダー。
ただいま、と少し散歩にでも出ていたように、凛。その後ろから士郎が大荷物を持ち姿を現す。おい遠坂おまえな、あらなにか文句でもあるのかしら“衛宮くん”?
茶目っ気たっぷりにウインクまでされて言われては士郎はどうにもできない。ため息をついて肩を落とした。
さてととランサーは立ち上がる。ぽん、と凛の肩を叩いておつかれさん、と言って笑う。凛も笑う。
“あなたのお土産が玄関に置いてあるわよ。大きくてとてもここまで持ってこれなかったから自分で持ってらっしゃい”。
言われなくとも。ランサーは鼻歌まじりに玄関へと向かった。
背後では姉妹のはしゃぐ声。ライダーが静かに笑う気配、士郎はどうだろう?
大股に歩いて玄関はすぐそこ。辿りついてみれば満面の笑みがこぼれていた。
よお、
“久しぶり”と曖昧な言葉をかけた。短い間のような長い間のような。
すると玄関に立ち尽くしていた土産、アーチャーは言葉なくうなずいた。そして遅れて返す。“久しぶり”と。
それで枷が外れたようにランサーは腕を伸ばすとアーチャーを抱きしめた。自分の方にぐいと引き寄せてしばらくぶりのその様々を堪能する。白い髪、褐色の肌、鋼色の瞳、飾り気のない黒の上下、冷たい体温、鍛えられた体、強いのか柔いのかわからない心。
外側から触れただけなのに中まで一気に暴いた気がする。けれど文句は言わないだろう。だって深くまで見せ合った仲だ。
外からも内からも。
首筋に鼻先をうずめてくんと匂いを嗅ぐと、呆れたようなかすれた笑いが降ってくる。君は犬なのか?いや確かめてんのさおまえに変なもんがついてないかどうか、な。
首筋から漂ってくる匂いは確かにアーチャーのものだった。
よし。
もう一度ぎゅうと抱きしめてついでに首筋に痕をつけて、耳朶を軽く齧るとランサーは身を離した。ますます犬だな。マーキングとは。
アーチャーが口元に手を当てて笑う。その嫌味な口調も久しぶりだ。
そう思うとなんだかうずうずしてきて、笑いながらるせえ、と言ってランサーはもう一度アーチャーを抱きしめた。するとアーチャーも腕を回して体を寄せてくる。
君の体温も久しぶりだ。おまえは相変わらず冷てえな。そうかね。ああそうだ。
腕をほどいてくちづけをする。目を開けたままのくちづけ。舌は絡めずにおく。
こんなところで始めるわけにもいかない。おさえがきかない状態なのだ。
代わりに丹念にアーチャーを辿る。唇の柔らかさ、弾力、舌先で表面を確かめたときの皺。わずかに漏れた喘ぎ。
……おまえ、ここでおっぱじめてもいいのか?
まさか。
ならそんな官能的な声を出すなと思ったが、その議論をする時間も惜しい。舌なめずりをして、もう一度抱きしめた。
少年少女たちの甲高い談笑が聞こえる。その中でただ、抱きしめる。
ありがちだが一瞬か永遠か。時間の感覚が捻れ狂う。わかるのは長い間待っていたということだけだ。
沈黙が続く。双方とも喋らない。聞こえるのは遠くの談笑。春の花の名前を持った少女が、本当にうれしそうに笑う声。
ランサー。
その中、低い声が耳元で響いた。
どく、と心臓が高鳴る。直接わしづかみにされたようだ。
アーチャーは小さな声で、ささやくようにして告げた。
ただいま。
ランサーは黙ったままいっそう強くアーチャーを抱きしめた。背に手を回して強く、溶け合ってしまいそうになるほど抱き寄せる。く、と喉の奥で笑った。
無防備な後頭部に手を添えて、その髪の感触を味わいながら笑って言う言葉は。


おう。おかえり。



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