そんなわけで、せっかく帰ってきたというのにオレのいとしいひとは絶賛家事中だ。
嬢ちゃんたちは空気を読んで新都まで遊びに出かけたというのに、だからこの家にはオレと奴のふたりっきりだというのに、本当につれない。今も洗濯機を回す音を聞きながらオレは居間でひとり煎餅なんぞ齧ってる。
香ばしい醤油味は美味い。だけどなあ。
「ランサー、邪魔をするな」
ごろんと横たわって廊下を歩く黒いスラックスの裾を掴む。手には洗濯籠。オレより洗濯とは、なんともつれない態度じゃないか。
「醤油味にゃもう飽きた」
「なら、塩味が棚に入っているから出してくればいいだろう」
「甘いもんがいい」
「ならば冷蔵庫に、」
わかってねえな。
「おまえがいいんだ」
告げれば、わけがわからないといったように首をかしげた。
「おまえとみっちり甘い時間をすごしたいって言ってんだよ」
「…………」
「なんだその間」
「……あ、いや。ずいぶんと似合わぬことを言うのだなと。驚いた」
「つか引くな」
引いていない、と言うがじゃあなんで微妙に後ずさってんだ。ぎりぎりで指が届かなくなるだろうが。言って体を伸ばす。
裾からのぞく褐色の足首。出っ張った骨をなぞれば眉間に皺を寄せる。
「おまえの足の爪のかたち、」
つぶやく。
「好きだぜ、オレ」
「ずいぶんと変なところを見ているのだな、君は」
「隅々まで味わいつくした体だからな。たまにゃ変なところを褒めたくもなるってもんだ」
裾からするすると指先を入りこませて肌を撫でる。もう半分立ち上がって膝ですりよりながら、下から上へと足を撫でていった。
「ランサー、」
非難するような苦笑するような声は聞いてない。余裕のある生地の中でもぞもぞと動くオレの指。膝裏まで届かせてくぼみをつつく。
鋼色の瞳が揺らぐ。動揺しているのに言いだせないこの表情が好きだ。どうして動揺しているのかを自分でもわかっていないところも。
「なあ、逃げないでおとなしく足を止めろよ。そんなもん後でいいじゃねえか、あきらめてオレに捕まっちまいな、アーチャー?」
笑う。
眉間の皺が深くなった。
今日はあたたかい、サーヴァントには睡眠は必要ないがひなたが当たる場所での午睡ってもんもいいじゃないかと思う。
言えば無駄だと言うんだろうが。
「お」
無理矢理足が逃げた。まるでなにかの拳法のように片膝を体の前にかざしてアーチャーは洗濯籠を持ったままオレを見下ろす。逆の足を掴もうとする。逃げる。手を伸ばす。逃げる。軽く蹴られた。
しばらく無言になって見つめあう。
「……なにやってんだオレたちは」
「知らん」
「おとなしくおまえが付き合えばいいんだよ」
「おとなしく君が我慢していればいいのではないのかね?」
「ああ、そいつは無理だ」
素早く立ち上がって目を見開いているうちに抱きしめた。洗濯籠が褐色の手から落ちて中味がばらまかれた。怒声を唇で塞ぐ。
舌を入れるとあんのじょう噛まれた。
「積極的だな」
いったん唇を離して言って、否定の言葉が返る前にまた素早く塞ぐ。く、く、く、となにか悔しそうに呻いている。
先刻噛まれた舌から滲んだ血を奴の舌の上に乗せてやると、鋼色の瞳がうっすらと色を変えた。喉を鳴らして唾液と一緒になったそれを飲み下す表情はいやらしい。
「甘いだろ」
言って、まだ滲んでいる血を口端に擦りつけてやった。べろりと肌を舐めていきながら。
このまま崩れちまえばいい。なしくずしになればいい。だって素直でかわいかったのは昨日の玄関先でくらいで、あとはお察しの通り。いいじゃねえか、だらしなくたって。嬢ちゃんを見習って遊びの延長線上にまだいればいい。すぐ通常営業に戻ろうなんて馬鹿だ。
今日は臨時休業。オレがそう決めた。
乾いた洗濯物が散らばる廊下に押し倒す。ああ、やっぱりひなたの匂いがする。
とろけるようにオレは笑う。
「素直になれよ?」
文句を言おうとした奴の頬にくちづけして、あきらめたようなため息を聞いてさらに声高く笑った。



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