「……は?」
ランサーは信じられない思いでその言葉を聞いた。後ろ髪はへにょりと垂れ下がり、それでも力なく抵抗の意思を示している。
遠坂凛はだから、と髪をかき上げて告げた。冷酷にでもなんでもなく、ひどく普通に。
「あんたにわたしのアーチャーはあげられないって言ったの。わかった?」
OK?と言われてもOKと答えられるわけがない!机にばん、と手をついてランサーは噛みつくように彼女に向かって吠えた。
「なんで!」
「なんでとか言わなーい」
甲高い声。椅子に深々と腰かけて紅茶を飲みながら言ったのは、イリヤだ。細い足をぶらぶらさせて赤い瞳を閉じている。ぶらぶらぶら。足が揺れる。ぽん、と今にも靴が飛んでいきそうだ。
“嬢ちゃん”ふたりに突然責められて、ランサーはわけがわからない。ただランサーはアーチャーに会いにきただけだ。それを出迎えたマスターである遠坂凛に告げると、彼女は笑顔で彼を中へ招き入れた。そうして、どこかへ電話をかけて。
アーチャーを呼んでくれたのかとおとなしく待っていると、やってきたのはイリヤ。
ふたりはそろって、花のように可憐に微笑んだ。
―――――まあ、襲いきたのは総攻撃フルボッコなわけだったのだけど。
「だからなんでだよ!」
「どこの馬の骨とも知らない駄犬にうちの弟をあげるわけにはいかないの、ごめんなさいね?」
いや、オレ、一応名の知れた英雄なんですけど。
「嬢ちゃん、これはどういうことだ?」
「わたしも同意見なのよランサー。今までは天使の顔で見逃してきたけどもう我慢できないわ。わたしの、わたしのアーチャーを駄犬にやすやすとくれてやるわけにはいかないのよ」
「二回言ったな。あと駄犬駄犬言うな」
「だって駄犬じゃないの」
「そうよね、リン」
「あら、めずらしく意見が合ったわねイリヤ」
にんまりと。
あくまの笑みで微笑んでハイタッチをする遠坂凛とイリヤ。ランサーは呆然とその様子を眺めていた。
……なんだ。
なんだってんだ。これは一体、なんだってんだ?
わけがわからない。駄犬駄犬と罵られ、アーチャーにはふさわしくないと虐げられ。
「……よし、嬢ちゃんたち。いいか、とりあえず話をまとめるとしようぜ」
「わたしたちの話は終わったんだけど?」
「そうよ。ランサー、ハウス!」
「ハウスじゃねえよ犬扱いすんな! ……ああ、違う、落ちつけオレ……」
脳裏に微笑むアーチャーの顔を思い浮かべて、コンセントレーション。アーチャー、オレがんばる。
ばっと顔を上げてふたりのあくまを睨みつけると、飄々としたものだ。全然怖がっていやしない。遠坂凛なんて腕を組み、見下すようにランサーを見ている。イリヤは遠くの椅子で静かに紅茶を飲んでいる、だが向けられる視線は氷のように冷たい。
おそろしいお嬢さんたちである。
「なんで、オレにアーチャーをやれねえんだ」
「駄犬だから」
「駄犬だからよね」
「それはもういいっつんだよ! ……ああ、いや、すまねえ。つい声を荒げちまった」
「いいえ、平気よ。むしろ、これでまたあなたがシロウにふさわしくないってわかったわけだし」
「な」
「そうね、野蛮な男はわたしのアーチャーには似合わないわ」
「……あ」
はめられた。
唖然呆然。白目。
遠坂凛、イリヤスフィール、恐ろしい子……!
「それに」
「まだあるのかよ!」
「なに言ってるの、三日三晩語り明かしてもまだまだ足りないくらいあるわよ」
「長ッ!」
「あら、根性もないのね」
紅茶を飲もうとしたイリヤだが、カップが空になってしまったらしい。ため息をついて机に置くと、
「まあ、一番問題なのは」
遠坂凛がうなずく。目と目で通じ合う。
これね、と指で輪を作って遠坂凛が肩をそびやかした。にやり、とあくまの笑み。
「―――――ってあの、嬢ちゃん、まさか」
「金よ」
(はっきり言った―――――!)
今度は菓子をつまみながら、イリヤがさらりと言う。
「定職にもついてないようなアルバイターにうちの弟はまかせられないのよね、悪いけど」
「い、今の職場はどこよりも長く続いてて…………」
「でも所詮アルバイトじゃない」
ぐっ。
言葉を呑む。
これは、なにか。恋人の親族の前に引っ張りだされて、ちくちくねちねちといたぶられるという、あれか。テレビドラマで見たことあるぞ。坊主んちで。
ランサーはちらりと遠坂凛を見た。
……これは、父の顔。うちの娘をそう簡単にやってたまるか、とかそういう態度だ。
つづいてイリヤを見る。うちの弟をまかせるにはまだまだね、とかそういう態度だ。姉の顔。割と普段そのままだが。
ふたりとも実に可憐に微笑んでいるが、その実は修羅の顔。
背に、炎が見える。歴戦の勇者であるランサー、否、クー・フーリンですら慄くほどの覇気。


「ランサー? 来ているのか? なんだ、靴も脱ぎ散らかして……」
天の助け!
「アーチャー!」
尻尾を振る勢いで玄関まで飛んでいったランサーは、その体を抱きしめる。ああ、温かい……これが、ぬくもり……。
「あ、アーチャーおかえり」
「シロウ! おかえり!」
玄関までやってきて、ぱっと顔を明るくする親族(うちひとり他人)ふたり。アーチャーはそんな少女ふたりを見て穏やかに微笑んだ。
「今帰った」
「ちょっとランサーったら! 勝手にシロウにくっついたら許さないんだから!」
「ランサー、わたしのアーチャーにわたしの許しもなく…………」
びく、と身をすくめるランサー。
見えない、ランサーには見えないけれど。
おそろしい形相で、少女ふたりが微笑んでる気がする。アーチャーはいまいち理解していないといった風に首をかしげた。


「なるほど」
話はわかった、といった風にうなずいたアーチャーは、だが、と顎に手を当てて逆方向に首を捻る。
「許してはもらえないだろうか、凛、イリヤ…………姉さん」
満足そうにうなずくイリヤ。
アーチャーは鋼色の瞳でゆっくりと三人を見回すと、さらりとこともなげに告げた。
「私はランサーを好いている」
「…………な!」
「アーチャー!?」
「―――――!」
三者三様の反応を返す中、アーチャーはあくまでも静かにつづける。
「君たちもランサーも、それぞれを許せないところがあると思う。だが私はランサーが好きだ。そして、これは私とランサーの問題だと言える」
ならば、私たちに任せてはもらえないか、と。
言われ、少女ふたりは押し黙った。
「凛、姉さん」
「う―――――」
「そ、そんな顔したって、ゆるさないんだからっ」
「ふたりとも」
頼む、と。
言われてしまっては、逆らえるはずがなかったのだ。
だって、幸せにしてやりたかったのだから、彼を。
それがアーチャーの幸せなのだと言われたら。
……逆らえないではないか。
「し、仕方ないわね!」
「凛」
「だけどシロウを悲しませるようなことしたら、本当に許さないんだから!」
「姉さん」
ふわり、とアーチャーは笑って。


「ありがとう」


そう、言った。


そうして目の前に立つランサーの手を取り、
「……と、いうことだ。せいぜい、頑張ってくれ」
なあランサー?
ランサーは手を握り、そのままアーチャーの体を引き寄せると強く抱きしめた。


その次の瞬間、腰に遠坂凛の回し蹴りと弁慶の泣き所にイリヤのキックが炸裂したことをここに記す。



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