ぱちん、ぱちん。
縁側に、規則正しい音が響く。
「次はそちらの指だ……そうだ、その指をこちらに」
アーチャーはそう言うと「ん」と素直に指示された指を差し出してきたランサーのその指を捕まえて、ぱちん、とまたひとつ音を鳴らす。
「サーヴァントも爪は伸びるものなのだな……」
「んーまあ、基本必要ねえ機能だけどよ、見た目は人間だからちっとは近くするために備わってる機能なんじゃねえの?」
ぱちん。
白い指から生えた透き通る硬質なものが切り取られる音が、また縁側に響いた。
ふたりが昼間ふたりっきりで何をしているかと言えば、アーチャーによるランサーの爪切りだった。
新聞を敷いて、ランサーは胡坐をかいて、アーチャーは正座をして。
褐色の手で白い手を取ったアーチャーは真面目な顔をして、ランサーの指に生えた爪を一本、また一本と切り落としていったのだった。
「それにしても……君の指は……」
「うん?」
思わず漏れた、といったアーチャーの台詞に当然何でもないようにランサーは反応するが、アーチャーはハッとしたような顔をして何故だか下を向くとそれきり押し黙ってしまった。
「なあ」
「…………」
「なあって」
「…………」
「何言おうとしたんだよ、今」
「…………何でもない」
「はあ?」
なんでもない。
そんなことはないだろうとランサーが眉を跳ね上げて伏せられたアーチャーの顔を覗き込もうとすれば明らかに不自然にふいっとそれは避けられる。むっとしてその動きをランサーは追うが、これがなかなか捕まらない。
ちくしょうオレの敏捷スキルは飾りかと自分を鼓舞しながら、ランサーは避け続けるアーチャーの顔を追い続ける。無言で。じりじりと、見えないプレッシャーをかけ続けながら。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あっ」
「!?」
「隙ありー」
ばーか、とこいびとにかけるにはあんまりな言葉を吐いて、ランサーは少しだけ上げられたアーチャーの顔を覗き込む。すると、それはすごく――――。
「……おまえ」
「…………」
「すげえ顔真っ赤になってんぞ。大丈夫か。ていうか熱あんじゃねえか」
「……サーヴァントが風邪を引くか、たわけ」
「わかんねえだろ。体温計持ってくるから、ここでちっと待ってろ――――」
「たわけが!!」
いきなり。
大声で怒鳴りつけられて、さすがのランサーもどきりとする。とはいっても小走りで走る程度の速度の心臓をなだめながら、ランサーはアーチャーに問いかけた。
「どした?」
「だから、何でもない」
「いや、明らかに何でもなくねえし。何かあった感バリバリだろ」
「何でもないと言っている!」
「おまえは熱があるのにプールに入りたいって言って平熱だって嘘つくガキか」
「……そんな知識どこで手に入れた?」
「聖杯から貰ってきた」
「……嘘だろう」
「うっそでーす」
「…………」
「…………」
場を和ませようと思って発したジョークは不発した。
アーチャーはますますむっつりと真っ赤なまま黙り込んでしまって、貝のように口を開かない。
これはどんな手を使ってこじ開けたもんかねとランサーが思っているとアーチャーがそろそろ、と、自分が取ったままでいるランサーの指先を見た。
そしてまたすぐふいっと視線を逸らすと、ぼそりと言い捨てるように。
「君の、指が」
「は?」
「君の、指先が! ひどく……その、美しいと! 思ったのだよ! そうしたら動揺した! これで満足かね!?」
「…………は?」
「……聞き直してもこれ以上のものはもう出てこないぞ!」
「いや、そうじゃなくてよ」
ランサーは疑問系でオレの指が?とアーチャーに向けて問いを発した。
「こんなもんただの指だぞ。いいか、単なる指だ。それが美しいとか何だとか、どうしたんだおまえ」
「…………」
「まただんまりか」
「……美しいものは、美しいのだから仕方ないだろう」
「拗ねんな」
「拗ねもするさ」
「自覚はしてるんだな」
ランサーは自由な方の手でぼりぼりと後頭部を掻くと、うーんと声を発して組んだ足を組み直す。そしてこきり、と音を立てて首をひねった。
それからアーチャーに取られていない、自由な方の手をついっと自分の目の前に持ってきて、とっくりと眺めてやはり、うーんと納得がし難いといった声を発したのだった。
「妙だな、こんなもんどこからどう見たってただのそんじょそこらの男の指だ。綺麗な姉ちゃんの折れちまいそうなか細い指でも何でもねえ。それがどうして美しい?」
「美しいものは、美しいのだから仕方ない」
「おまえそれ二度目な」
「仕方ないだろう!」
「三度目」
ためつすがめつして自分の指を眺めながら、ランサーは何度もこきり、こきりと首をひねる。アーチャーの言い様がどうしても、納得が行かないといったような顔をして。
しかし本当にどこからどう見ても、ランサーの目には自分の指など美しくは見えないのだ。当然だ、ランサーはギルガメッシュのようなナルシスト的な人物ではないのだから。
それをどうしてアーチャーが“美しい”などと言い張って聞かないのか、どうしても納得が行かない。
というか、だ。
「オレはおまえの指の方が綺麗だと思うぜ」
「……は!?」
ランサーが不意に放った言葉に、アーチャーがややキャラ崩れ気味の声を発する。
それを「貴重だ」などと思いつつ、ランサーは言葉を続けた。
「だってよ、おまえの指は生み出す手だ。剣製でも家事でも何でも器用にこなしてみせるじゃねえか。オレなんかからしてみれば、その方がよっぽどすげえよ」
「そ……それは! 綺麗などというのは違うと思うのだが!?」
「いや、綺麗だ。物を生み出す奴の手ってもんは無条件で綺麗なもんだ」
女の手でも色んな手があるが――――ランサーは言って、ひょいと無造作に自由な方の手で無防備な爪切りを持っていないアーチャーの手を取った。
「!?」
「オレは色んな女の手を見てきたけどよ、おまえの手はその中でもそんじょそこらの女に負けねえくらいに綺麗だぜ」
あ、でもおまえが女らしいとかいう意味じゃねえからな――――ランサーはまた言って、アーチャーの顔を見た。


ぶるぶると、アーチャーの顔は体ごと震えてゴーゴーしていた。


「たたたた、たわけっ!!」
「痛てッ!」
ぼかん、と無理矢理力づくで振り払われた手に殴られ、ランサーは呻く。その隙にすっくと立ち上がったアーチャーは爪切りを投げ出すと、吐き捨てるように言葉をも投げ出してランサーにくるりと背を向けた。
「もう君に付き合う気はない! 私は家事に戻る!」
「ってて……っておい、おまえ、続きは」
「自分でやれ!」
えー……。
自分で言い出したことじゃねえかよと思いつつもその言葉は胸にしまって、ランサーは放り出された爪切りを見る。心なしかそれは放置されて少し悲しげにランサーの目には見えたのだった。
「ふんっ」
ぷいっと怒りマークを頭に浮かべて、アーチャーはずんずんとその場から歩き去っていく。その背中を寂しく独りで見やりながら、ランサーはこきり、とまた首を一度、今度は右にひねってみせたのだった。


「綺麗なもんだと思うんだけどなあ……」



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