「霊体化してくれよ」
はあ、はあ、はあ、と。
行為の後でもちろん上半身も下半身も裸、シーツの中で気だるく荒い息をついていたアーチャーはその言葉に我が耳を疑った。
天井を仰いでいたのをごろりと横向きになって、そんな言葉を言った男を、ランサーを見る。
普段はくくっている青い髪を流したランサーは、至極真面目な顔でアーチャーの方を見ている。だから余計にアーチャーは、訳がわからなくなって問うてみた。
「……何故だね」
「何故だねって、そりゃあ」
そりゃあ?
そりゃあ、何だというのだろうか。
問い詰める気力はなく、けれど視線で射抜いてみれば彼は観念したようにあっさりと。
「初めてに戻ってほしいから言ってんだよ」
「……は……?」
「処女に戻ってほしいから言ってんだ。聞こえなかったか?」
何ならもう一度、と言おうとするランサーにああ、いい、と首を振る。二度もそんなことは聞きたくない。処女などと。こんながたいのいい男を捕まえて、処女だと?
「何故、そんなことを」
「好きなんだよ、処女が。初々しいところとか、オレだけのものな気がするところとかな。まあとっくにおまえはオレだけのもんだが」
「なら、構わないのでは」
「それとこれとは話が別」
「…………」
くだらない。
無言でごろりと天井向きに戻ってしまったアーチャーに、ランサーがあっ、などと声を上げる。
「何だよおまえ、無視すんのかよ!」
「そのようなくだらない提案に乗る心は生憎と、持ち合わせていないものでな」
「おまえの初めてが欲しいって言ってるだけじゃねえか!」
「初めては一度だけだから初めてなのだよ」
「サーヴァントは霊体化すりゃ元通りだろ」
「――――しつこいな、君は!」
そんなに処女が好きか!
情事の後で掠れた声で怒鳴ったアーチャーに、真面目な顔でランサーが頷く。
「ああ。好きだ」
「…………」
駄目だこれは。
天井向きから背を向けてしまったアーチャーに、あっ、とまたランサーが声を上げた。そして両手を伸ばしてきて、ゆさゆさと肩を揺さぶってくる。まるで休日のくたびれた父と幼い息子である。
「なーなーなー。霊体化しろってー。それでまたもう一度……な?」
「何が、……な? なのかね! 私の体はもう限界だ!」
「だから霊体化したら元通りだって言ってんじゃねえか!」
「そんなことに余計な魔力を使ったら凛に何を言われるか!」
「大丈夫だよ嬢ちゃんはオレが説得してやるよ!」
「恥ずかしくて死ぬわああああ!」
耳までかあっと赤くして、アーチャーは身を起こしてランサーに向き直った。
向き直って、しまった。
するとそこには真顔なランサーがいて。
がっ、と、裸の肩を掴まれる。
「そんなに処女に戻るのが嫌ならなぁ……」
「…………」
「処女喪失した状態で何度も何度も犯してやろうじゃねえか! 覚悟しろよアーチャー!」
「何を言っているのだね君は!?」
全くである。
ランサー、処女に執着しすぎである。この処女厨め。
だがランサーは肩から手を離し、手首を素早く掴んでシーツの波の上へ押し倒す。ぎしり、とベッドが軋んでスプリングがたわんだ。
赤い痣が点々と散る褐色の肌が白いシーツの上で映えて、ランサーは舌なめずりをする。
「……美味そうだ」


ブラックアウト。


「んっ……! ん、ふ、……! あ、ゃだ……も、無理……ラン、サー……!」
「何言ってんだ。処女じゃねえんだから、慣れてんだろ? ほら、注ぎ込んでやる、よ……っ!」
「や……! 駄目、だ……これ以上は……――――あ、あぁ……っ……!」
泣き声と悲鳴が迸り、何度目か知れぬ白濁がアーチャーの内に注がれる。飲み込む隙も見せないほど大量に注がれたそれは多少なりとは魔力として吸収されるものの、大半は溢れてこぼれてシーツに染み込んでいってしまう。
「もったいねえじゃねえか……ちゃんと飲み込めっての……」
ずるり、と糸を引いてアーチャーの内から自身を抜きさると、ランサーはそんなことを言う。だが、どれだけ自分がアーチャーの体へと注ぎ込んだのか、きちんと理解しているのだろうか?
鍛えられたアーチャーの腹を押せば注ぎ込まれた白濁が溢れだしてきそうなほどの量なのである。正直キャパシティオーバーだ。
「いや……だ、もういゃ……だ……、ランサ、ランサー……」
「霊体化を薦められて、断わったのはおまえだぜ」
処女だったなら優しく優しく愛してやったのに、と白い肌を興奮に紅潮させてランサーが言う。その青い髪からぽた、と汗の雫が落ちた。
アーチャーの肌にも玉のような汗が浮かんでいる。体中に散った赤い跡と合わせて、さながらその姿は熱病のようで。
「怖い……怖い、んだ、こわれて、しまい、そう、で、」
「壊れちまえよ」
ひたり、といつの間にか復活した自身を解れきったアーチャーの最奥に押し当てて、ランサーが言う。腰を軽く先に進めるだけでそれはぬるんとアーチャーの内に飲み込まれた。
「や――――……!!」
それだけで、びくんびくん、と大柄なアーチャーの体が震えて萎えきった彼自身から精液にもならない液体が迸る。もう何度繰り返しただろう。アーチャーの体は限界だった。
だというのにランサーは衰える様子も見せず、猛った自身でアーチャーを貫いて、抉って、揺さぶって、翻弄する。
限界を越えた快楽はただ苦しいだけで、アーチャーは両目をぎゅっと強く閉じて眉間に皺を刻み、その苦痛に耐えようとする。けれど、ランサーはそれを許しはしない。体の割に細くくびれたアーチャーの腰を掴んで逃げられないようにして、熱い声でアーチャー、とその名前を呼ばわる。
そうすれば、アーチャーが逃げられないことを知っているかのように。
「――――ッ」
「アーチャー……」
「、っ、」
「目、開けろよ」
慣れてるんだろ?
興に乗ったその声。処女ではないと興奮しないなどと言っている(というかのような発言をした)くせに、ランサーのその声は楽しそうで。
鋼色の瞳がゆるゆると開いて、生理的にか感情的にか知れない涙を流す。それに満足したかのように、っは、と笑ってランサーは、いっそう強くアーチャーの奥に突き入った。
「あ……」
かくん。
アーチャーの首が、柔らかく前に折れる。
怪訝そうなランサーが片手だけでアーチャーの腰を支え、反対の手でアーチャーの頬を軽く叩いてみる。
「…………」
アーチャーは、完全に意識を失っていた。
「……こりゃあ、」
やりすぎたか?
さすがに、と思うランサーだったが、さすがにも何も完全にやりすぎであった。ぐったりと全身の力を失って崩れ伏すアーチャーの体をとりあえずシーツの上に横たえてやり、どうするかなあ、と思いを巡らせるランサーがその後、いかに酷い目に遭ったかは、ここで語るべきことではない。



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