「―――――よう。しばらく振りだな? 弓兵よ」
その声には聞き覚えがあった。赤い月の下、すっくと立つ男。その手には“得物”がある。禍々しいほど美しい赤い瞳と同じ色をした、魔槍。確かあれはゲイボルクと言ったか。
「ああ。だが、この一日たりとて君を忘れたことはなかった」
「アーチャー!」
「なんだ、光栄だな。そんなにオレが印象的だったのか?」
「君の言う通りだとも。……夢に見るほどだったさ。毎晩毎晩……サーヴァントは夢を見ないというだろう? しかし時に強い思いはすべてを覆す。私は君を夢に見た。忘れられず……疼くほどに刻まれて。忘れられるわけがない。恥らう隙も与えられないほどに私は酔ってしまった。あの日の衝撃と痛みに―――――」
「ちょっとアーチャー、なに言ってるの! やめなさい!」
「済まない。これだけは許してほしい、マスター。この想いすべて、口にしないと私は壊れてしまいそうなんだ。あの日の赤い衝撃……身を貫いた痛み。だがあれはとても甘美だった。貫かれて思わず息を呑んだ。何度も何度も貫かれるのを想像して私は…………」
「……おい」
「なんだろうか」
「ひとつ聞いていいか」
「なんとでも。だが、私もひとつ聞いていいかね?」
「言ってみろ」
「君は誰かね?」
「うおおおおおおおおおい!」
男は手にしていた槍を力いっぱい地面にたたきつけた。ああっ、と弓兵はそれを見て悲痛な声を上げる。
「何をするんだ、名も知らぬ君!」
「うっせえ馬鹿野郎、おまえがなに言ってんだ大賞だ! 阿呆か!? 阿呆だろ! そして馬鹿だろ!? なあ!」
「む」
散々罵られても、弓兵は首をかしげるだけで特に怒りもしない。やけにそのしぐさが可愛らしくて、そんな場合ではないというのに槍兵と、弓兵のマスターはほのかに頬を赤くした。
「まあ、武器馬鹿だというのには反論はしない」
「やっぱりか。しろよ、してくれよ、反論。妙に悲しくなっただろ。どうしてくれんだこの気持ち」
「それは済まなかった。……よしよし、良い子だ。男の子だろ、泣くんじゃないぞ」
「ってそっちかよ! そっちは槍だよ、オレじゃねえ! 泣きたいのはこっちだ、オレだっつーの!」
「……あ。こんなに赤黒く光って……なんて素敵なんだ君は……」
「聞けっつってんだろこの武器オタク。なんだ嬢ちゃん、こいつ電波か。電波なのか」
「そうね、わりとね」
「……大変だな、嬢ちゃんも」
「そう? 慣れると意外と面白いわよ」
つわもの二人。男は額に手を当ててそっとため息をつく。
「……んじゃ、また出直してくるわ。またな嬢ちゃん」
「あら、アーチャーには挨拶していかないの? わたしのだけど」
「見事な牽制どうも。どうせ今の状態じゃ聞いてねえし、今度はもっと印象的な登場シーンにしてやる。もちろん槍は抜きでな」
「いい心意気ね。ただあの金ぴかの二の舞にはならないように気をつけなさい」
「ならねえよ。じゃな」


とん、と屋根を蹴って去っていく。刹那弓兵の手元から槍が消えて、ああっと彼は悲痛な声を上げた。
すれ違いの恋は、まだ始まったばかりである。



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