ごうんごうんごうんごうん。
洗濯機は回る。
ごうんごうんごうんごうん。
「たでーまーっと。あー疲れた疲れた」
がらっと派手な音を立てて玄関を開け、帰ってきたのはランサーだ。“帰ってくる”なんて表現を使ってしまうほど彼はここ、衛宮邸に定住している。
一応教会には顔を出してはいる、らしい。だが比率が逆転している。例えるなら八:二。どちらがどちらなんて聞くのは野暮だ。
確か今日のランサーのバイトは魚屋だったらしい。余りの魚をもらってきてくれるのでエンゲル係数的にはとても有り難い。命は大切、大事にいただきましょう。
とはセイバーの言で、彼女は今日もはむはむこくこくと昼食を食べて最近見つけたらしい剣道の道場のアルバイトへと出かけていった。
紹介したのは藤村大河。彼女も大概顔が広い。
最初は金髪碧眼のセイバーに向こうさんも腰が引けていたらしいが、「まあ大河ちゃんの紹介なら」とお墨付きをもらったそうだ。
「おかえり、ランサー」
そうやった出迎えをランサーが望むから、アーチャーは洗濯機を回したままで玄関まで出迎えに向かう。とたとたと洗濯機のある場所から玄関まではゆっくりとアーチャーの歩む速度でもすぐである。
「おう! たでーま!」
すちゃっと手を上げて幸せそうに微笑むランサーを見るとアーチャーもつい笑ってしまいそうになる。何というかそういう力を彼の笑顔は持っている。
無条件に人を和やかにしてしまう。……まあ。
その一方でひどくあっさりと人を袖に振ることがある一面も、アーチャーは知っているのだが。
それもこれもあれもどれも、深く付き合ってこそ知った一面。
今やランサーはアーチャーにとって板のような一面ではない。それが組み合わさって出来た、ダイス状のこう……眩しいものだ。
「今日の収穫はなかなかだぜ! セイバーは嫌がるかもしれねえが、新鮮な蛸が手に入ってな」
「君、それを知って貰い受けてきたのかね?」
「蛸に罪はねえ」
まあ、それはともかく。
「……ん?」
蛸の足を伸ばしてきゃっきゃとはしゃいでいたランサーが、ふと怪訝そうな顔でアーチャーを見た。アーチャーは一体どうして自分をランサーがそんな目で見るのかわからず眉間に皺を寄せて首を傾げてみせる。
何か変なところでもあっただろうか。いや、覚えにないが……。
「ランサー、私は一体何か」
「エプロン」
「は?」
「そのエプロン、オレの」
「ああ」
納得が行った。
胸を撫で下ろしてため息をつくと、心配させるなとひとこと置いてアーチャーは語る。
「申し訳ないが、ストックのエプロンが全て尽きてしまってな。仕方なく君の物を借りさせてもらったんだ。済まない、何も言わずに……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
再びアーチャーは首を傾げる。相当心配そうな顔になってしまって、彼はランサーに言う。どこかおずおずとした声音と口調で。
「……そんなに、嫌だったか。済まない、きちんと洗ってアイロンをかけて返すから……」
「とんでもねえ!」
その時。
突然ランサーに怒鳴られて、アーチャーはびくりと肩を跳ねさせた。何故。どうして今ここでランサーが怒鳴るのか。わからない。
そんなにも勝手にエプロンを借りたことが業腹だったのだろうか……考えてはみるがかなりショックだ。少々凹んでしまったアーチャーにランサーは、
「価値が落ちる!」
「……は?」
「洗ったりなんかしたらおまえの匂いが落ちるじゃねえか! その上アイロンだ!? 一体何考えてやがるおまえ!?」
「…………え?」
「そのまま返せ。いいから」
「え……」
「いいから」
「いや、その、」
「いいから!」
蛸を振り払うように箱の中にたたっ込んで、ランサーはアーチャーに掴みかかった。蛸の生臭さで“おまえの匂い”とやらが消えるのはいいのだろうか。いや、違う違うそうじゃない。
「ランサー! やめろ、手を離せ!」
「いいから今すぐエプロンを脱げ! でもってオレによこせ!」
「君は今、自分が何を言っているかわかっているのか!?」
「いいから!」
「〜――――っの、」
ぼかんっ。
咄嗟に投影した干将莫耶の持ち手ですごい勢いで迫ってくるランサーの頭を叩いて怯ませると、アーチャーは素早く距離を取る。急造の夫婦剣はぱりん、と音を立てて砕けたがそのようなことに彼は一切動揺せず、
「いいか! 私が今着ているエプロンに手出しをしたら、今後私に一切手出しはさせんぞ! いいな!」
「おま、そりゃねえぜ!」
「って君な、私の着ているエプロンを手に入れたら一体何をする気だったんだ!」
「ってそりゃあ――――なあ?」
凄惨な笑みを浮かべるランサーに、背筋に走るものが何かも知れず。とにかくその日から数週間ほどの接近禁止令を出した、アーチャーなのだった。



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