信じられなかった。
「よお、……エミヤ?」
この場所でこの青を見るなんてありえないことだと思っていたし、今だってそう思っている。焦がれるあまり狂ったのだ。狂って、幻を見ているのだ。そうに決まっている。幻め、なんて女々しい。こんな、確かめるように自分の真名を呼んでみせて、首をかしげて笑顔を向ける彼を作り出すだなんて。
目を閉じる。青なんて見えない。青なんて見えない。青なんて見えない。青なんて見えない、青なんて、青なんて、青なんて、青なんて、
「おい、こら。返事しろ。つか、こっち見ろ」
自分の内側を見るな。
そう声が聞こえて腕を掴みあげられる。触れられた?どうして。これは幻のはずなのに。振り払おうとして、骨がきしんで、眉を寄せて、もっと強く眉を寄せて、眉間に皺を作る。まるで駄々っ子のように暴れた。暴れれば、この幻は壊れてしまうと思って。
「思ったんだ、そう、思ったんだ」
「なんでだ。壊れてほしいのか。いなくなってほしいのか、オレに」
「違う。い、いなくなってほし、いんじゃなくって、違う。消えられてしまったら、悲しいだろう? だから、」
「その前に自分で消そうとした?」
うなずく。
「馬鹿野郎」
抱擁される。
抱きしめるなんて雑な行動じゃない。髪を掬い上げるように愛撫されて、首筋に鼻先をうずめられてからくちづけられる。
くすぐったい。
「なんだ、さっきまで辛気くせえ顔してたのに、もう笑いやがって」
からかうような声が聞こえたとたんたまらなくなった。おっと、と耳元で声が聞こえる。どすんと二人そろって地面に転がったが、気にせずにぎゅうぎゅうと自分から抱きついてみせる。
いや、抱きつかずにはいられなかった。
「ランサー、ランサー、ランサー、ランサー」
「よしよし、オレはここにいるぜ、エミヤ」
「い、いなくなるかと思って、」
「いなくなんねえよ。ここにいるだろ?」
うなずく。うなずいてから、ぶんぶんと首を振った。彼は呆れたように目を細めてみせる。赤い瞳。好きだ。この青い髪と同じくらい。この白い肌と同じくらい。存在すべてが、好きなんだ。
すきだ。
「好きだ、ランサー。私は、オレは、おまえが好きなんだ。消えないでくれ、頼むから」
「だから消えねえって言ってるだろ。人の話聞かねえな、相変わらず、おまえは」
「好きだランサー、好きだ、好きだ、好きだ、」
「くっ」
彼は喉を詰まらせたような声を出した。一度、目を丸くしてこちらを見ると、喉を逸らせて笑いだす。
「ほんっとおまえ、人の話聞かねえよなあ!」
殺風景な場所に広がる彼の快活な笑い声。ぽかんとしてそれを聞いていたが、やがてたまらなくなってきた。目の前に、彼がいるのだと。
ランサーが。いるのだと。
思えて、実感できてきたら、奥の方から次から次へと溢れてきて、止まらなくなって、止められなくなって、それを伝えると止めなくてもいいと言われて、うなずいて、うなずいて、うなずいて、何度も何度もうなずけば、その涙は彼のいろんなところへと雨のように降っていった。
私の雨が降っていく。
「頑張った。頑張った、んだ」
「ああ」
「オレ、頑張ったんだ」
「ああ」
「頑張ったんだ、ランサー」
よしよし、と頭を撫でられた。懐かしい記憶がふと蘇って、すぐにさらさらと流砂のように消えていく。
消えていくけれど、満たされていくからもう怖くはない。


「よく頑張ったな、エミヤ」


そう言って笑った男の胸に涙で濡れた顔を押しつけて、私は子供のように大きな声で泣いた。



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