「アーチャー」
遠坂邸。
本棚の整理をしていたアーチャーがその声に振り向けば、ランサーがごとごとと椅子を持ってくるところだった。なんだ。そんな気遣いなどいらぬのに。私は衛宮士郎のように小さくはないからそんなものなくとも、一番上まで届く―――――。
「ん?」
がたん、とアーチャーから少し離れたところにランサーはその椅子を置いた。そしてこいこいと手招く。
なんだ。アーチャーは二度目のつぶやき。頭の中にクエスチョンマーク、だけれどまあ、呼んでいることだし。疲れていると思われたのかもしれぬ。椅子に座って休めと、そういうことなのではないだろうか。
希望的観測ではあるが。
「なんだね」
「まあ、座れよ。ずっと立ち仕事もなんだろ」
「この程度でこたえるほどやわでもないが……せっかく用意してくれたのだから、ありがたく座らせてもらうとしよう」
遠坂凛が座ればその華奢な体が埋もれてしまいそうなやたらと豪奢な椅子に、アーチャーは腰かける。ところで、とランサーが言った。
アーチャーは浅く椅子に腰かけたまま、不思議そうに彼を見る。
ところで?
「ちょっと足組んでみろよ、アーチャー」
「……何故」
「血行を促進してみろ」
促進してみろ、とは。
一体なんだろうか、と思いつつとりあえず足を組んでみる。ランサーはそれを真顔で眺めている。
だから、そう変だとは思わなかったのだ。少し変だと思っただけで。
「次は足を組み替えてみろ」
「……だから、何故」
「いいから」
いいから、とは何だろう。流されている気もしないではなかったが、アーチャーは黙って足を組み替えてみた。
ランサーの真面目な視線が痛い。肌にちくちくと刺さるようでいたたまれない。
ランサー、とアーチャーは彼の名を呼んだ。
「一体、なんのつもりなのだね」
「あ? あー……」
がしがしと頭を掻く。部屋の隅からずるずると椅子を持ってきて、自分もどっかり腰かけた。
「本屋でよ」
「うむ」
「雑誌を立ち読みしたんだが、そこにな」
「……待て。展開が読めてきたんだが、聞かなくともかまわないか?」
「グラビアが載ってて」
「私はかまわないかと言っているのだよランサー!」
「おまえで見てみてえと思った」
ああ。
こいつという奴は。
「そういうものは女性がするからこそ直視に耐えるものではないのかね……?」
痛む頭を押さえて問いかけてみると、そうだなァ。だなんて呑気な返事。
「でもよ」
あっけらかんとランサーは言う。頭の後ろに手をやったままで。


「おまえで、見てみたかったんだよ」


それは“他の者では反応しない”とか、そういった意味ではないだろうか?
ふとそのことに気づいて、アーチャーはむやみやたらに恥ずかしくなる。
いや、騙されてはいけない。ランサーはきっと他の相手にも声をかけたりなんだりと節操がないのだ。そうに決まっている。
「―――――って面してやがるな」
「な、何がだね」
椅子に座ったまま足を組み替えて、ああ。自分の方がよっぽど様になっているではないかとアーチャーは思う。
ぶらんと垂れ下がった足でごつんとアーチャーの足を叩きながら、やや不機嫌そうにランサーは。
「おまえだからだぜ」
そう言って、立ち上がるとずかずかアーチャーに歩みより、その額に音を立ててくちづけをした。
アーチャーは勢いよく立ち上がる。そうして、ごん、とランサーの顎に頭突きをお見舞いした。
「って、え……」
「き、君が悪いのだろう!」
真っ赤になって叫ぶと、アーチャーは立ち上がってずかずかと歩いていく。ランサーの傍へだ。
顎を押さえてやや涙目になっているランサーに向かって、ほら、と手を差しだした。
「みっともない、早く起きないか」
そっぽを向いて立ったまま、床に座りこんだランサーへとアーチャーは手を伸ばしつづける。そうして、
「ランサー?」
いつまでたっても掴まれない手に、怪訝そうに聞いた。
ランサーは手をかざす。
「いい眺めだな」
いいよな、チラ見せってよ、と言う言葉に下を見てみればひらりはためくシャツの裾。
声にならない、叫び。何かを殴る鈍い音、そして。


「アーチャー……」
「なんだね、凛?」
「そのシャツをスラックスにしまうの、やめてちょうだい。変だわ」
「かまわないでくれたまえ」
ぷい、とそっぽを向いた己のサーヴァントに、遠坂凛は苦々しい顔をしてみせた。



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