彼女が空なら。
オレは月になろうと思った。
いつも寄り添えるわけではないけれど。ほんの少しでも、寄り添える関係になりたいと思ったんだ。
ほんの少し。夜の間だけでも。
朝になれば消えてしまうオレでも。
少しだけだって、傍にいられればいいと思ったんだ。
「姉さん」
「ん?」
頭を撫でる小さな手。
うっとりと酔っていれば、くすくすと笑われた。
「シロウ、シロウ。甘えん坊のシロウ。可愛いシロウ」
歌うようにそう言うから。
少し、ばつが悪くなって。
「…………」
黙っていれば、どうしたのと。
「どうしたの? 何か嫌だったの?」
「いや……」
「嫌なの?」
「その、いや、ではなくて」
「ああ。違う、いや、ね」
うんうんと頷く彼女。
「でも、許さないわ? わたしに逆らうなんて、生意気よ」
「えっ」
「わからないふりなんてしないで。知っているんでしょう?」
にこりと。
彼女は笑って、オレを見る。
赤い瞳。桜色の唇。桃色の頬。
ああ、なんて。
美しくて、可憐な。
オレの、姉さん。
「……あら?」
そっと手に擦り寄ったオレを見て、彼女はきょとんとする。あら、あら。
そう言っては、首を傾げて。
「本当に、シロウは甘えん坊なのね。そんなにわたしが好き?」
「……うん、好きだよ」
ずっと、傍にいたいくらいに。
「……いては、くれないの?」
ふと。
悲しそうに。
彼女が、顔を曇らせた。
「――――いたい。いたいよ。ずっと、いたい」
「なら、いて?」
「でも」
「でも、なあに」
「オレは、ずっとは」
いられないんだ。
「……いてよ」
ずっと。
「捻じ曲げたって。傍にいてもらうわ」
因果も。運命も。定めも。
「何もかも」
わたしが、曲げてあげる。
「月は、夜にしか上れないんだよ」
「そんなもの。わたしが、どうにかしてあげる」
朝にだって、昼にだって。
「上れる、月はあるわ」
輝けるでしょう?
「空があれば。月なんて、どうにだってなるわ」
ふん、と胸を張って。
彼女が、笑うから。
は、と。
オレも、笑ってしまって。
「横暴だな。姉さんは」
「ええ。知っているでしょう?」
知っているよ、と。つられて、笑った。



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