胸が。
どくどくと、して。
そのまま破裂してしまいそうだ。
「……ってて……。大丈夫か、アーチャー?」
「…………」
「アーチャー?」
「ふんっ!」
「!?」
私は己に覆い被さるランサーの鳩尾に一発肘打ちを打ち込み、そのまま発条仕掛けのように跳ね上がり廊下を駆け出した。苦悶しているのか、苦痛しているのか、とにかく苦しがっているのか。最速のサーヴァントと冠されたランサーが後を追ってくることはなかった。


「……はあ、はあ、はあ、」
おかしい。
息が、どうしてこんなにも荒い。それに胸の鼓動が、脈動がむやみやたらに激しくて止まらない。どうして。何故なんだ。自分のものなのにどうして自由にならない。
私は震える息を吸って、吐いてはみるが変なところに空気が入り込んでしまい、結果みっともなく咳き込むだけだった。
「はあ……」
ため息のような残滓を搾り出し、ずるずると壁を伝って滑り落ちる。薄暗い廊下の曲がり角。目の端に、涙が、滲んだ。
「なんで、こんな」
滲んだ視界で思うこと。それは先程の追想。
白い肌に青い髪がひとすじ、ふたすじ。赤い瞳は私の異常を確かめるようにまばたき、何度も何度も体を舐めた。それは、ひどく、私の低い体温を上げて。
「――――は」
黒いシャツ越しに手を当てる。心臓は未だ暴れ狂って止まらない。てのひらで感じる跳ね回る心臓の動きは、明らかにこれはおかしいと訴えていた。おかしい。
これは、おかしい。
私は、おかしい。そう。心臓は、訴える。頬は熱いし手も震えるけれど、何よりも敏感に訴えるのは心臓だ。そう、彼に。
ランサーに、貫かれた。
ランサー。
廊下を走ってきて、私にぶつかった。最速のサーヴァントは止まることを上手く知らないらしく、その勢いのままで私に突っ込んできて。“危ない”そう叫びはしたが私は咄嗟に反応が出来なかった。そうすれば、待っているのは接触。
どん、と体に振動が走って、私は彼とぶつかった。
私は廊下に倒れ、ランサーに覆い被さられるような形になり。手をついたランサーに、見下ろされた。そう、赤い瞳でだ。
――――どくん、
「!?」
なんだ。
なんだ、これは。
どうしてこんなにも、あの赤い瞳を思い出して、心が軋むんだ。
ぞっとするような、ほっとするような。まるで正反対の感覚が心を包む。心臓を掴み上げられたような、包み込まれたような。
どうしようもできない、どうしようもならない。そんな感覚が心を包む。包み、私は、無言で、彼の鳩尾に、肘打ちを、
「……どうして、」
あんなことを。
あそこでの正しい反応は、「ああ、ありがとう」もしくは「済まない」と言って起き上がり、「君こそ怪我はないか」と口にすべきだった。なのに、何故暴力に訴えるような真似を。
さながらパニックでも起こしたようでは――――ようでは?
いや。
そうだ、パニックだ。今の私の状態はそれに符号する。ランサーに圧し掛かられ、私はパニックを起こしたのだ。
あの白い肌、青い髪、赤い瞳を間近で見て。そして、パニックを起こした。心臓を高鳴らせて、逃げ出した。
「……あ」
気付いた。
気付いてしまった。
「アーチャー?」
「!」
その途端、背後から声をかけられて体が震える。振り向くことが出来ない。その、私の、肩に、次の瞬間、置かれたのは、
「どうしたんだよおまえ。なんか、おかしいぞ」
ぽん。
「……――――ッ!」
ランサーの、手。
体温。
それは、私と正反対で、とても、温かく。
私は、自分が彼に恋をしていたのだと気付いた。だから、動揺したのだと。
彼に間近で触れられ、触れて、見て。感じて、そして、動揺した。
私は振り向いた。そして、口にした言葉は。


「…………!」
ランサーの驚いた顔。
さて、結果はどう出る?
それから先は、きっと運次第。
最低の幸運ランクに属する私だけれど。
この結果は悪くないものだと。
私同様に顔を真っ赤にした、ランサーの態度で私は悟っていた。



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