「まったく……ようやく落ち着いたか……」
ほっとため息をつく士郎。大混乱の末、アーチャーはぱたりと電池が切れたように眠ってしまった。士郎の膝枕で。
「ちくしょう。いいなあ、坊主」
「……代わるか? ランサー」
「いいよもう。好きにすればー?」
投げた。完全にふてくされている光の御子様はやっと魔槍をおさめ、概念武装を解いてくれて、いつものTシャツと革パンでちゃぶ台に肘をついてあぐらをかいている。はっきり言ってどこが御子様なのかわからない。
ちなみに凛と桜はイリヤのところへと出張中。セイバーとライダーもそのお供だ。アインツベルンの森はいろいろな意味でおそろしい。最近イリヤはなんとかミッションだとかなんとかギアソリッドだとかなんとかハザードだとかいうゲームにハマっていらっしゃるらしく、さらに森はおそろしくなっていた。
彼女たちは―――――戻ってこれるだろうか。
士郎はアーチャーが服の裾を掴んで離さないので居残り。ランサーは「今のアーチャーと坊主を二人っきりにしておけるか」だそうで。そう言い切ったときもぷんすか怒っていた。まったく、大人気ない英霊である。
「それにしても……こうやってると、なんていうかさ。やっぱり」
「あ?」
「俺なんだな……こいつって」
髪を下ろしたアーチャーの風貌はいつもより数段幼い。それが寝顔とくれば倍率はさらにドンだ。もう、眉間の皺なんてどこにもない。安らかなまさに少年の顔つきで、アーチャーは寝息を立てている。
士郎は日頃の反発を忘れてふと笑った。ランサーも不機嫌そうだった顔を崩して、苦笑する。さらさらと白銀色の髪を撫でる士郎の手。
「ああ、おい。こいつ肩出して寝てやがるじゃねえか、だらしねえな。タオルケットでも持ってきてやるか」
「そうだな、まあないと思うけど風邪でも引かれたら面倒…………って」
笑ったまま士郎は固まった。立ち上がりかけていたランサーは、不思議そうに首をかしげる。姿勢は中腰。なんとなくしまっていこーぜ、の野球部な感じだ。
「どうした」
「……あのさ。俺の気のせいかな?」
「だから、どうしたんだっつの」
「……いや、あのさ……」
冷や汗がだらだらと流れる。それでも士郎は笑っていた。笑わざるをえない。元々アーチャーの着ていた黒い上下は緩めで、だぶついていたがそれが、なんだかもっともっとだぶついている気がする。鎖骨が丸出しで、袖は指までを隠している。覗きこむまでもなく胸元は丸見えだ。
え?
萌えキャラ?
ありえない単語が士郎の脳内を駆け巡った。冷や汗はもう滝のよう。ナイアガラナイアガラ。
ランサーは露骨に気持ち悪そうで怪訝そうな顔をして士郎を見やった。
「なんだ坊主。今にもバターみたいに溶けて床に流れ落ちそうだぞ、おまえ」
チビだけど黒くねえだろ。そんな失礼なことを言いながら、ランサーは中腰でアーチャーを見つめている。ええい何故だ。何故気づかん。思わずアーチャー口調になってしまった士郎は、おそるおそるランサーに問いかけてみた。
「あのさ、ランサー」
「おう」
「アーチャー……縮んでないか?」


沈黙が居間を包んだ。


「は?」
なにそれ?
そんなランサーの口調に、士郎は慌てて手を振ろうとした。あ、いや、なんでもない、なんでもない―――――。
「ってなんでもないわけあるかあああ!」
そうして自分を騙しきれなくなってごろーんと畳の上に、ボウリングの球を投げるようにアーチャーの体を転がした。うお!と声を上げランサーがびくんと体を揺らす。
「ほら見てみろ! 見てみろよランサー! 縮んでる! 絶対縮んでるって、ほら! まるっきり俺と同スケールじゃないかよ、167センチ! 167センチ! 見てみろよ、腕の長さまで一緒だぞ、ほら!」
「落ち着け! オレが言うのもなんだが落ち着け坊主……あ! ホントだ! マジで!? おおすっげえ! オレよりちっせーアーチャー超新鮮!」
畳に転がったアーチャーの真横に同じ体勢で寝転がって叫ぶ士郎に、ランサーは一時戸惑いながらも真実に触れて同じようにテンパった。もう二人を止めるものは誰もいない。腕の長さ、足の長さ、胴の位置、腰の細さ、すべてのデータを確かめては歓声を上げる。
全力でご近所迷惑への道をまっしぐらな衛宮邸だった。
「―――――で、だ」
眠るアーチャー(衛宮士郎1/1スケール)を再び膝の上に乗せて、士郎はつぶやいた。
「なんでかな。アーチャーが俺と同じサイズまで縮んだのって」
「さあ。わかんねえ。……こうなったのがイリヤスフィールの嬢ちゃんの仕業だから、その関連なんじゃねえのか」
「ああ、そうか。イリヤか。アレかぁ……」
アハハハ、と軽やかに笑って士郎は額を押さえた。
「頼むよもう……!」
泣きそうだった。なんでこんなに自分は災難体質なのか。十年前からか。そうなのか。ええい憎いぞ運命が憎い。まさにFate。
ぶつぶつぶつと小声でつぶやく士郎がさすがに哀れになったのか、ランサーはまあまあとその肩を叩いた。
「おまえのキャラ立てなんてそんなもんだ。気にすんな」
「なにさ、その慰め方!? そんな同情いらない! いらないから少し黙っててくれ!」
アーチャーが起きると面倒だから!と叫んだ士郎にランサーは哀れんだような目を向ける。
「あー……なんだ。坊主」
「なんだよ! 謝っても聞かないからな! 答えなんて聞いてない!」
「うん。その、なんだ。起きたぞ」
「……え?」
膝の上を見てみる。
鋼色のねぼけまなこと視線がガチンコで合った。
あ、カラーリングが全然違ってたか……と特にその場では通用しないことを士郎は思った。
赤銅色の髪に日本人の肌色で琥珀色の瞳の自分、白銀色の髪に褐色の肌で鋼色の瞳のアーチャー。カラーリングは1Pと2Pのように違えど、まるで双子のような姿の二人がそこにいた。
アーチャーはゆっくりまばたきをすると、にこりと笑って言う。


「おはよう、きりつぐ!」


衛宮邸の夜は底なしに更けていく。



back.