だらだらだら。


「きりつぐ……汗、びっしょりだぞ? 具合でも悪いのか?」
「あ、ああうん。いや違う、大丈夫。どこも悪くなんてないから」
安心してくれ。
士郎が言えば、心配そうにしていた衛宮士郎1/1スケールのアーチャーはにこりと笑ってうなずく。そっかー。
「だったらよかった」
胸元に手を当てて、微笑む。
その様があまりにも可憐だったもので、その場にいた士郎とランサーは思わずどきりとする。そして士郎は数秒後にそんな自分を責めた。っていやいやいや。
今のアーチャー、外見自分とまったく同じじゃないか。
それってナルシスト?とあーうー呻いていると、やはりまた心配そうな顔をアーチャーがするので、士郎はせいいっぱいの笑顔でキメてみた。とびっきりの笑顔でポーズ!
「大丈夫だ、アーチャー!」
「……きりつぐ!」
するとアーチャーは、ぱっと顔を輝かせて士郎の胸に飛び込んでくる。それを思わず正面から受け止めて畳にふたり転がってしまって、あいてと頭を押さえた。弾道ミサイル発射のごとくなその勢い。まるでどこかのドイツのお嬢様――――とは、前にも言ったことである。
けれど、彼女は“きりつぐ”に、こんなにも愛情を注いだりはしなかっただろうが。
「なあ。なんでアーチャー、“きりつぐ”……爺さんにこんなに懐いてるんだと思う?」
ふと士郎は疑問を口にした。ああ?とランサー。知るかよ、とその瞳が言っている。
「アインツベルンの嬢ちゃんの酒で退行でもしたんじゃねえの? お前もここまでじゃねえが、“きりつぐ”には親愛の情を向けてたんだろ?」
「ああ、うん、でもな、ここまでじゃなかったから」
お嫁さんになるとか。そんなこと冗談でも思わなかったし。
「たぶんアーチャー+坊主の記憶でごっちゃになっちまってるんじゃねえのか。エミヤになった時点で坊主とはまるっきりでもねえが、違うもんにはなってるだろ。そこに坊主の記憶がさらに紛れ込んだ」
だから、こうなった。
ランサーは理路整然と……でもないか……述べてみせて士郎を少し感動させる。
「ランサー」
「んだよ」
「あんた……意外と頭良かったんだな」
「よし。殺すぞ」
心からの笑顔でにっこりと言われ、士郎は首を左右にぶんぶんと振った。ごめんごめんごめん今のナシ!今のナシだから忘れてお願い!
概念武装を瞬時に纏うくせ良くない、絶対。
「五分五分で冗談だ、安心しろ。あーあ、それにしても坊主はいいなー。こんっなかわいい状態のアーチャーに思う様懐かれてよ」
「五分五分って……えっと、それ、で、」
かわいいって。
あらためて言われると、顔がかあっと熱くなる。そうですけど。
かわいいですけど。
日頃が日頃でツンツンキャラだから、ここまでデレデレになられると戸惑いもあるけど素直に嬉しい。何しろ顔を突きあわせれば喧嘩に近いものばかりしていた士郎とアーチャーだ。今の状態は異常と言ってもいい、いや、異常だ。
「……きりつぐ?」
くりっ、と士郎の体の上でアーチャーが首をかしげる。重い。いや、小さくなる前よりは軽いけれど。
イリヤのように羽根のようにとは行かないなーと思っていると鋼色の瞳がじっと覗き込んできて。
「な……どうした?」
んだよ、と言う言葉は、アーチャーの次の行動に遮られた。


ちゅっ。


「――――ッ」
「…………」
「えへへ」
士郎の頬にキスをしたアーチャーは照れたように笑って、そのまますりすりと体を摺り寄せてくる。その体は熱い。士郎は体が硬直するのを感じながら、
「ア、アアアアアアア」
アーチャー、とその名前が呼べなくて、真っ赤になってどもっている士郎の前で、呆然と概念武装を解いた状態で煙草に火をつけていたランサーがその光景を見ていた。
煙草はみるみるうちに灰になっていき、やがてぼとりと畳の上に落ちる。
「……キス、しちゃった」
吐息のようにアーチャーが言って、きりつぐだいすき、と言って、それから。


それから先は、もう、戦場。


衛宮邸の夜は物騒に更けていく。



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