ついついと滑る指先に引き寄せられた。
「おまえさあ。ずるいよな」
一体何がずるいというのだろう。今、自分の目と意識を奪っているのは目の前の男で、その方がよっぽどずるいと言いたいのに。
丸い水滴は白い指先にひしゃげさせられ、グラスの縁をついついと滑る。くるくると円を描いて、白い指先は透明な縁を踊った。
「……、誰が、ずるいと」
「おまえつったろ。で、ここにはおまえしかいねえ」
つーことは、だ。
水滴をまとった指先が円運動から離れて、ぴっ、と、自分に突きつけられた。それには変な迫力があってつい身を引いてしまう。そんなことは必要ないのに、だ。
本当に、一体何がずるいというのか。わからない。ふりをするのは簡単だけれど、真実わからないのだから仕方ない。
「ずるいのは君ではないかね。そうして意味のわからないことを言って人を惑わせようとする」
「あん? なに言って」
るんだ、とまた男は指を突きつけてきた。怖気の立つほど整った指先。アルコールの入ったグラスで遊んでいた。
アルコールに色だけは似たアイス・ティをひといき飲み干して、ため息をつく。負けてはいられない。
ため息に男は不服そうな顔をしていたが、そんなものひとつ許してはくれないのか。
「おまえはずるい。とことんずるきゃ手加減のしようもねえが、おまえはどこか抜けてて手加減したくなっちまう。そんなとこからして、おまえはずるいんだ」
「手加減など頼んではいないが? それに君はそういった男でもないだろう」
「わかったようなこと言いやがる」
こどものくせに、と言って男は水滴のついた指先を齧るように舐める。ちょっと待て、今なんだか途方もなく失礼なことを言わなかっただろうかこの男は。
言い返そうとして見た白い指先に赤い舌が這っていったのはどこか卑猥すぎていて、思わずぎょっとしてしまった。
ちゅっ、と指の腹を吸って男はだから、と言葉を繋ぐ。
「だからだな、おまえはもう少しどっちかに振れるべきなんだよ。とことんずるくなるか、もっと甘くなるか。そうすりゃオレも上手く出れる。中途半端でいるのはやめろ。なんだかイライラしてくる」
あーっ。
そう甲高く唸って言葉通り男はがしがしと頭を掻いた。なんだ。本当に、なんだかどころではなく失礼なことを言われているのではないだろうか。
「誰が――――」
「だからおまえがつっただろうが!」
怒鳴られた。いや、怒っていないのがわかる加減したレベルだったが。
なるほど、こういうのが“手加減”だと?
むっとした。
「だったら」
膝をついて立ち上がる。男の手首を握って体勢を崩させた。少し意外そうな顔を見せたところで唇を奪ってやる。
「…………」
無言。
沈黙。
再開。
「っ、ぷはっ、」
白く細く(思える)手首を握ったまま反対の手の甲で唇を拭って、端正な顔を睨みつけた。意外そう、どころではなく意外だという顔をしている。ざまあみろ。
「……これなら、君の中での私はどちらかに振れただろう?」
「……、……」
赤い瞳がきょときょととしている。ざまあみろ、もう一度思ったところで男は突然大きく噴きだした。
「……な?」
「いや、はは、悪りい悪りい、っく、ははは、つい、悪りい」
言ってまた噴きだす。なんだ、なんだこの男は。失礼な。
「そうか、そうだな。おまえもあれだけ言われりゃ中途半端から抜けだそうと思うか。躍起になるってもんだ、な」
「躍起になどなってはいない! 失礼なことを言うな!」
「なってるっての。おまえ、今の自分のテンションわかってねえだろ?」
「テンションがどうした!」
「……っ、くく、」
「笑うな!」
そいつは無理だ、男は失礼なことを笑いの合間にこぼして、さっきの見た目での不機嫌さが嘘のように振る舞っている。くるくると変わっているその様はまさに男こそが子供だと言いたいくらい奔放で。
「ああ、やっぱりおまえずるいわ、反則だ」
「だから、誰がずるいと……」
「おまえだっつってんだろ」
誠に理不尽ながら甘やかすように同じことを違う声で言われ、つい、ぐっと言葉を呑んだ。その、なんだ。


その言い様は、ずるい。


「……ずるいのは、」
どちらだというのだろう。
なしくずし的に男の腕の中に抱き込まれ、腰が引けながらも耳の中にささやかれる声に逃げられないでいた、のだった。



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