意外と目が大きいのだなと思った。
それと不意を突かれたときの顔が、思いのほか幼いのだとも。


衛宮邸の居間、昼の誰もいない時刻。ランサーはいつもの黒の上下にエプロンをつけたアーチャーを押し倒していた。ちゃぶ台の上には片付いていない皿。汚れた皿。きれいにランサーが平らげた皿だ。
アーチャーは手首を掴まれて畳の上に押し倒された状態でぽかんと目を丸くしている。ランサーは思う。ああ、こいつ子供みてえだな。
普段はもっと皮肉屋で尖っていて隙がないくせに。そのくせにこんなに簡単に体は投げだされた。欲情から発したものではない。ただの衝動的な反射行動。出来るかな、と思ったら手が動いていた。名前を呼んで、振り返る前にその手首を掴んで半ば乱暴を働くように。
もちろん怪我などさせる気はなかった。だってただの反射行動だったのだから。そんな難しいこと考えている暇なんてない。
それにしては今の自分はぐるぐると色々なことを考えている、とランサーは思う。たぶん通常の三倍増しくらいで考えているのではないだろうか。相手はどうだろう。アーチャーはどうだろう。目の前の顔を見ているとしきりに幼くて、ランサーと同じく難しいことなどは考えられていないように思えるのだが。
ちちち、と庭で小鳥が鳴いている。そういえばあれが嬢ちゃんの使い魔だったら怖ええな、とランサーは他愛もないことを考えた。凛の、遠坂凛の放つ宝石で出来た鳥の姿をした使い魔。こんな状態を彼女に見られたら、知られたらきっとえらいことになる。
何しろ「わたしのアーチャー」と豪語してやまない彼女なのだ。身内にはとことん甘い彼女のこと、おそらくは目が笑っていない笑みを浮かべ魔術刻印を発動させて放つはガンド。マシンガンに相当する比率のガンドだろう。
そんなんでめったやたらに蜂の巣にされては敵わない、とランサーは思う。いっそ呑気にそんなことを。こんな事態に。
そうだ、今、自分はアーチャーを押し倒しているのだ。昼間の誰もいない時刻、だが、逆にいつ誰が来るかわからない時刻に。
そもそも誰が来ないかは問題ではない、問題は目の前にある。アーチャー自身だ。
アーチャー自身が覚醒して猛反撃してくれば自分はずたずただ、とランサーは考えた。危険性はすぐそこにある。すぐそこに、あると、いうのに。
何故こいつは反撃してこない?
ランサーはアーチャーを組み敷いて思う。何故こいつは我に返らないのだ?と内心で首をかしげる、少しその思いが動作に出てくくった髪がさらりとアーチャーの体を撫でた。
するとアーチャーはかすかに身じろぎし、それでも我に返らない。そうするとランサーは混乱じみたものを感じてくる。どうしたというのだこいつは。こんな奴だったか?普段は――――(以下、省略)。
何故と言えば何故、自分はアーチャーを押し倒したのだろう。きっかけが、最初のきっかけが見えない。反射的な思いがランサーを動かせた。ぱちん、と何かが心の中で弾けて、気付けばアーチャーの名を呼んでいたのだ。
時間がやけにゆっくりと動いている。ランサーは思う。目の前のアーチャーの瞬きもやけにゆっくりとして見えた。ぱち、ぱち、と幼い表情の中で目が瞬きする。その顔を見て、どうしてはランサーはぞくりとした。ぞくり、と。
背筋に感じるのは情動にも、欲情にも似たもので。
それでも自分は動かなくて。
ただただ、自分は、体の下に敷き込んだアーチャーの顔を、動作を眺めるだけだった。
もっと。
もっと、見ていたい。もっと見たい。もっと様々な顔を。面を。自分の知らない顔を。面を。様を、姿を、見ていたい。
意識して見ないとわからない大きな目だとか、自分と比べて低めの鼻だとか、薄く開いた無防備な唇だとか。
「…………んっ」
そう思った次の瞬間、ランサーはアーチャーの唇を奪っていた。最初は淡く重ねて。
すぐに顔を上げると幼い顔で自分を見上げてくるアーチャーを見下ろし、すぐに二度目を重ねた。三度目は貪るように、開いた唇の中に舌を差し込んで動かないそれを絡め取って甘い唾液を啜る。
ちち、とまた小鳥が鳴く。居間の中には先程より少し上がった温度と忙しない吐息。腹の底に飲み込んだ唾液が熱い。
零れたものを舐め取ることもせずに垂れ落ちるのに任せ、ランサーはアーチャーを見下ろす。自分のそれと、アーチャーのものに濡れた唇の動きと共に。
まるでおさないこどもに見える、アーチャーのその動きに。
「……なぁ、おまえ、どうして」
続きの声は曖昧に消える。耐え切れなくなって四度目のくちづけを交わしていたから。なぁ、おまえ、どうして。続きは吐息とぴちゃ、ぴちゃ、という水音に溶けてなくなって失せた。
小鳥が飽きずに鳴いている。
ランサーも飽きずに、くちづけを重ねていた。



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