■domine-domine seil:16 大切なものの守れた夜

「クラインか。どうかしたのか」
 こんな時間に訪ねてくるとは珍しい。あんな事があった後だ、誰かと話したいのかもしれない。酒が必要か。付き合ってやるか。
「はい。お時間いただけますか」


 瓶を渡すと、クラインは丁寧に礼を述べて蓋を開けた。
 俺は自分の分を口にしながら、部下の言葉を待った。
「大尉」
「なんだ」
「早速ですが何か適当な手順でいいんで」
「?」
「俺を縛って踏みつけてもらえますか」
「はあ!?」
 むせるのを堪えたら折角の髭が濡れた。
「おまえはなにをいってるんだ」
「何って、上司がしそうなセクハラの提案です」
「なんでそんなことせないかんのだ」
「イマイチでしたか……じゃあ脱がしてしばくとかでも構いません。でもできたら靴を舐めろとかあと各種体組織を摂取とかはちょっと」
「お願いされんでもするか!」
「ダメですか」
「当たり前だ! 出来るわけないだろう」
 自室で良かったと心底安堵する。
 いや、そうでもないか。
「申し訳ありません」
「わ……わかればいい」
「大尉の気持ちも考えないで、チョットトバしスギました」
 そうだ。こんな美少年に言い寄られるとか俺もまだまだいけるかなどと悪い気しないが無理なものは無理だ。
 どうだろう。いや無理男ダメゼッタイしかもハードってかいろんなハードル高すぎるだろ。
「大尉はもしかして……」
 そうだよ心に決めた人がいらっしゃるんだよ、死亡フラグ立てたくないから籍入れてから事後報告にするんだ。だから諦めろ、そして部屋に帰ってから泣け。間違っても隊の連中に打ち明けるとかするなよ。あいつら妙に忠義立てしてるからな俺がなんていわれるか、わかったもんじゃない。こんな事がグロリアにバレたら……3年越しで口説いたのに。
「されたい方ですか?」
「そうだよだからさっさと……」
 今なんと言った!?
「違う今のナシ! 違うから、確かに女王様モノのAVマストだけど、もう処分した、許してくれグロリア!」
 人を呼びたい。ソレこそよくあるオフィスものとかのシチュエーションを思い出す。何でコイツと2人きりなんだ、今俺ヤバくないか? いやない。いやないこともない、かもしれない嫌スギだ。伊達に愚連隊を預かる上司やってない。だがこのバイオミメティックとか何とか、サイバネティクスだとか、の権化みたいな男に密室で押し……イヤ、襲? イヤイヤイヤ、ああもう何だ! 兎に角コイツとタイマン張って勝てる自信はない。『そう かんけいないね』というより『そう……よかったわね』とでも言いそうな顔でナニを考えている!? このアイスソード(違 はお前のものじゃない!!
「別に隠すような趣味じゃないと思いますけど」
 クラインはいつもの視線でぽつりと言った。昼間の疲労を感じさせない姿は賞賛に値するが。
 ──エロいのは男の甲斐性です。
「そんな慣用句はない! つーかおまえ自分のキャラ考えろ!」
 こんな綾波レイでは碇司令もりっちゃんに愚痴りまくりだろう。
「2秒程熟考を重ねた結果下した采配ですが……予想がはずれたっていうか」
「かすりもしとらんわ!」
「そうですね。まさか大尉が被虐傾向に傾いてたとは……これが流行りのオヤジウケ?」
「ソレイロイロまちがってるから」


「とーにーかーく、俺は美少年好きでも下僕志望でもないから」
「あのー」
「なんだ」
「俺コレでも21なんで」
「わかってるいちいち混ぜっ返すな、だからな、いいか、気持ちは嬉しいけど、お前とは……」
 うーん、コレでせめて女だったら、一夜の過ちで、ダメだダメだ、部下に手を出すなど。
「あーべつに恋とかってしてませんから」
「はあ?」
「大尉は軍人として尊敬してますが、タイプじゃないです。てかどっちかっていうと女性の方が好きだし、だから特に大事にしていただかなくても結構です。むしろ愛ナシでおけ」
「なお悪いわ!」
 適当に扱えとは言語道断。待てよならばさっきマッハで取り消さなければ適当に扱われてたのか、俺が。危うく襲われるトコロだったのかと思うと逃げ出したくなった。可愛い顔してなんという悪魔だ。もう補完計画放っぽり出してトンズラだゲンドウ。
「全く……じゃあなんで俺なんだよ」
「まあ話すと長くなるんですが俺がココに来た時隊員が言ってたでしょ、大尉に枕営業してるんじゃないかとか」
 今は頑張ってるんで許してやってください、と言われる。急に真面目になるな。ついていけん。
「わかってるよお前もくどいな」
「恐れ入ります」
「で?」
「伍長が最初なかなか聞き入れてくれなくて」
 スイングバイの話か。乏しい表情で精一杯困った顔をするが、俺はむしろ伍長の気持ちがわかる。この男が言うのでなければ速戦即決の重圧とストレスで頭がイカれたのかと疑う。脳殻のどこかにピンホールが開いてるとか。
 ephemeral-burst≠ナなければ出来ない。神業というか、むしろイカれてる。
「ソレで、俺をdisってた頃ヤるヤる言ってた事、何でも好きなだけヤればいいって言いました」
「……」
 本当にヤられたらどうするんだ。後先考えてないのか。イヤ……人造人間だというウワサが出るくらい、こいつの頭は冴えてる。じゃあいいのか。イロイロコワ過ぎる。
「他にもまあ種々検討してなだめたりすかしたりしまして何とか全員帰還、物資の回収も完了できました」
 物資。俺は顔が険しくなるのを止められなかった。
「全く、お前達には面倒をかけたな」
「いえ、いい機体を廻していただいたおかげです」
 奥ゆかしい。俺は苦笑した。謙遜のつもりか、それじゃダメだろ、とか、いい機体って、そりゃお前んトコの親方マッドサイエンティストどもが精魂込めて作った作品だぞ。でも、本人はそこまで気が回らない、それか、わかっていて言っているのかどっちにしても妙な男だ。何を考えているのかその細い腹の底で。
「俺はただ部下を危険に晒しただけで、それでも付いて来てくれたのは、彼らですから」
 ことあるごとに、奴らを評価しろと、せっつく可愛いお顔に言ってやる。
「お前でなくてもあの場にいたら隊長は皆同じことをする」
 その上で、あの厄介な積荷と兵隊を無事に連れ帰るなど、お前にしか出来ないんだぞ、とは言わない。
 そういってしまえば、こいつ自身がまるで便利な兵器のように思えてしまう。上はコイツに難解な課題ばかり出す。一企業でありながら軍需施設の名を赦し、並ぶもの無き席巻への牽制か、意趣返しか。ああ、今俺は感傷的になりすぎだな。変なトークに付き合い過ぎたせいか。それと。
「とんだブロークンアローだったな」
「そうですね」
 どこかのバカが非合法に貯蔵した重力子を、あんな場所に棄てるなんてな。軍なり消防なりの対処ミスで爆発でもすればいいと最後の悪あがき。まあ、そうなっていれば確実にメディアの餌食だ。
 まあいい。理由に結果なんかはお偉方が考えればいい。そんなこと考えたら、俺は、こいつに同情してしまう。
 責任もとれないのに、懐かれても困るしな。
 イヤ、もちろん男なんかナシだ。
「ああ、そうだった、それで、何でお前が俺に夜這いを掛ける事に繋がるんだ」
「え?」
「え、じゃないだろナニきょとんとしとるんだ、だから、死線を掻い潜った後だ、ハジケルのはわかる、だがナゼこんな行動になるんだ、ご褒美でも欲しいのか」
 例えば出世とか? コイツがその出自故不当な扱いを受けていることは俺も重々承知。どうしてもと言われれば、俺の手の届く範囲なら推してやることも可能だし、まあ実力も伴っている。しかし、今までそんな野心はカケラもみせなかった。むしろ、コイツに人間的な欲求があるのかさえ、俺にはわからない。ああ、性欲はあるのか? やめよう。考えたくもない。
「そういう解釈もいいかも」
「ナニ!?」
 クラインはひらめいた顔でつぶやくと、俺の顔を見て、改まって腰掛けた。そして──
「やめろ」
「何故ですか」
 やけになまめかしい仕草で肩から抜いた袖を戻しながら、クラインは首をかしげた。
「俺が、見返りを要求するというシチュなら、大尉はいあいあ……じゃなくてイヤイヤってか義務的に行えばいいだけだから気が楽」
「おまえなしまいには殴るぞイヤいまのなし!」
 殴る、という単語にぴくりと反応したので慌てて取り消す。
「わかりました」
 じゃあ大尉の件は諦めます、と言って席を立とうとするので俺は引き止めた。本当は今すぐにでも出て行って貰いたかったが、確認しなければ悪夢にうなされそうだ。


「お前がおかしなことやりだしたのは、任務が成功したからだな」
「そうです」
 酒だ無礼講だとか、妹を嫁にやるとかにしておけば、頭から酒とゲロまみれになるか妹に軽蔑されるかどちらかで済んだんだ。
「で、お前は極限状態にあった野朗に、自分を好きにしていいから命令をきけ、とか言ったんだな」
「だいたいあってます」
 まあ、宇宙軍は同性愛を禁止してはいない。推奨はしないが。だから、たまにそういうカップルが誕生してしまうこともある。が、伍長の性格から考えてソレはないし、正直ココまで男としてテキトーな奴だとは思わなかったが、クラインにそんな色気があるとも思えない。
 凛々しき女性士官であれば、映画にでもなりそうなシーンだが。ソレで愛が芽生えればなかなロマンチックだ。
「それで」
「伍長はどうしたんだ」
 俺は何故肝心の伍長をスルーしているのかも疑問だった。
「ああ」
 クラインは瓶の底に残っていた酒を飲み干してあっさり言った。
「なんか、そういうのは趣味じゃないって」
 クラインに感化されて急にいい人になったわけではないだろう。あのカマキリどもは姫様には弱いしお嬢(見た目だけ)には忠義立てするが根はやはりヤクザだ。イヤ、義理も人情もそれ程拘らないからタダの戦争屋だ。たぎりを持て余して味方も食い千切る牙を舟の端で磨いている。嫌悪の対象なら、今でも完膚なきまでに破壊しようとするだろう。気に入らなければ引き裂く。
 伍長にとっては組み敷いたり、踏みつけたり、言いなりにさせたり、そんなのは辱めであり男のプライドを砕く行為であり愛情を示す行為ではないのだ。
 そりゃできないだろう。
 まともな神経の持ち主なら味方を犯すことなど考えない。俺の知る限り、伍長は凶暴な男だが性癖は至ってノーマルだ。
 もちろんぺド趣味でも美少年好きでもない。余談だが、クラインのようなお人形さんは存外ソレ系の男にはモテない。伍長がそういう趣味なら益々ありえない組み合わせだ。
 俺は、少しだけ伍長に同情した。
 多分γ線バーストと同じくらい、今の奴には分隊長が恐怖の対象だろう。
「でも、約束は約束だから他になんかないかと思いまして」
「それで俺のところに来た、というわけだ」
 確かに、さっきコイツも言っていたが、身体で昇進してるんじゃないかって、そんな下衆い陰口を叩かれていた。まあ若い女や優男なら新入りは大抵言われることだ。俺たちみたいな立場の人間がダシにされることも常だ。上司にも選ぶ権利はあると思うんだが。まあいい。
 勿論、俺は今回もその前もその前も潔白だし、今だって、どんなに頼まれてもクラインを抱(中略)とかのつもりはない!
 愛してるグロリア。
「他になんかないのか?」
 兎に角、コイツの興味? を他に逸らさなければ。そう、どっか適当に角度を変えて、スイングバイさせてしまえ。加速してどっかいけ。
「公衆衛生的に問題のあることは嫌です」
「ならやめとけ。消去法でいこう」
「傷が残るのとかは……まあどうせ手も足も「わかった皆まで言うな」
 このバカは部下にトラウマを植え付ける気か。全く。あの死神博士どもはどういう教育をしとるんだ。
「あー」
 イマイチかもですが、と前置きをして奴は言った。
「お帰りなさいませご主人様みたいなのをやれってのがありました。忘れる努力で選択肢消えてました。同じ頃ファティマゆわれてイラっときたんで。コッチが腕突っ込んでやろうかと思いました。多少のセクハラ? はアリですがファティマはなんかムカつくし。カルバリーテンプルは好きですけど」
「いらんことはいわんでいい」
「あとポセイダル(影武者)に2億万点」
 付き合っているとキリがないので進める。ソレだって本当は薦めたくはない。
「メイドプレ……イヤ、女装コスプレか? いいんじゃないか」
 少なくとも他のどれよりもマシだ。軍的に推奨はしないが。
「キモいとかって好感度下がりませんかね……」
 なんかそういうの病んでません? とかいうので俺は盛大にため息をついた。
 大丈夫お前なら似合いすぎるくらい似合うだろう、とは言わないでおく。
「問題ない。存分にやり給え」
 ソレと、ビョーキなのはおまいだ、とも言わないでおいた。
 ──俺のグロリア。大切なものは守った。
 かくして俺にとってあってはならないはずの危機は去った。

 (1stup→121209sun)


Story? 02(小話一覧)へもどる
トップへもどる