■domine-domine seil:17 提督とチョコレート

「て、提督」
「何?」
「定番はチョコレートと聞き及んでおりますが、その」
「あー……バレンタインの事な」
「この辺りでは何故か女性からプレゼントするというのが慣例だとも」
 赤い瞳が泳ぎ気味で、実に所在なさげである。
 エッケルベルグは一大決心をしたにもかかわらずそんな態度にしか出られない己を叱咤。とんだヘタレっぷりだ。
 ヘタレなどと。
 そんな単語は粉砕しなければならない。
「いつの時代よソレ。まあわりと女子の告白イベみたいな空気はあるけど」
 と苦笑いの提督は今日も可愛い。こんな無骨な配管丸出しの通路で無ければその黒髪にも触れるのに。
「まあ確かにチョコ定番だしソレ以外でも食い物贈る感じにはなってるし」
 そこで、クラインは僅かに距離を縮めた。
「本来は、恋人に贈り物する日であって、どっちが何をあげるかとか決まってないんだよな」
 提督、近いです。
「で、お前は俺に何をくれるの?」
「!」
 思わず、ポケットに手を入れる。
 そうだ、そのとおりだ。
「なんてな」
 クラインはまた苦笑いした。
「各艦の艦長にも贈り物は悪いことじゃないけど節度をみたいな路線でって言っちゃったしなー」
 その困り顔は非常に愛おしいが、ヒドくはないか、と思ってしまう。
「そんな手前ポチったりとかするわけにいかないし、俺からは何もあげられないよ」
 今そんな正論を出さなくても。
 提督、この右手はどこへやればよいというのですか!?
 イヤイヤ普通に出せば良いだろう。大仰にお取り寄せしたわけでなし、節度は守ったつもりだし、渡さなければアミに頼み込んで共同で作った意味がない。ていうか後で何と肴にされるか。
 ヘタレ攻めとは呼ばせない。
 などと我に返ると、目の前に見慣れたデザインの小箱。
 ソレは白手袋の優美な手の上に乗っている。
「こんなのならセーフ?」
 ラクリッツだ。しかもエッケルベルグが好きな銘柄の。勿論正確には只のリコリスキャンディではない。
「工廠から定期便[差し入れ]あったときに菓子リクエストしておいた。大丈夫、賞味期限は切れていない」
 工廠っていうとお前は嫌がるかもしれないけど、と続けてエッケルベルグの表情の変化を見やり、更に困り顔で笑う。
「俺には実家みたいなものだから」
「喜んで頂戴します!!」
 手ごと握ってしまう。前のめりで。
「痛い、痛いって」
 恥ずかしげに目を逸らすので抱き締めてしまいそうになり、踏み留まる。
「もうお前は可愛いな」
「……!?」
 なんということを。ソレは俺のセリフなのに、とうろたえてしまう。
「ガッカリしたり喜んだりテンパったり、忙しいし」
 握った手をそっと剥がして、乏しい表情で見つめる。フォトンを帯びたみたいな瞳から、エッケルベルグにはクラインがどんな顔してるかもうわかる。そのくらいの距離なんだから間違いなく恋人だろう。何かを贈り合ったって環境ハラスメントなどとは呼ばせない。
「ありがとう」
 くすぐったそうな言葉だって本来は私が言うべきセリフです提督、でも貰ってくれてありがとうって意味なのか? 変なところで奥ゆかしい人だが、チョットさびしいと思う。
「じゃあこれで」
 と帽子を取り背伸びするクライン。完全にブーツの踵が上がっている。
 柔らかで、優しく一瞬でもチョコレートよりも甘いと断言出来た。
「俺以外に誰も貰えないっぽいもの勝手にもらいました」


 なんだよソレ、なんだソレ。一体いつまで俺はこの人に組み敷かれなければならないのか。きっといつまでもそうなんだろう。精神的に優位に立てることなんて一生ないんじゃないかと、残りの人生について考える。

 ──ぽいってなんだ、他の誰にも渡すわけがないだろう!

 そんなことまで心中で叫び、一人通路で赤面するエッケルベルグ大尉(25)であった。

(1stup→170214tue)


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